部屋に入ると、この前来た時より整頓されていると彼は思った。雑然と目に入ったものが収納されたのか、片付いていた。壁に「ユトリロ」の絵が掛けてあった。それが部屋を優雅にしていた。 「『ユトリロ』ですね。」と結城が絵を見ながら言った。「ええ、駅前のお店で買ったの。」とみどりは何気なく言って、コーヒーを入れ始めた。「『ユトリロ』は好きです。見ているとパリの街にいるみたいです。」 「あら、あなたはパリに行ったことあるの?」とみどりが聞いた。 「ええ、学生の時に、友達と。」 「へー、意外だわね。結城がフランスに興味があるなんて。」 「それほど興味があるってわけじゃないけど、絵を見るのは好きだったから、友達に誘われて行っただけ。大した理由もなかった。」 「何日ぐらいいたの?」 「一週間ぐらい。」 「ずっとパリに?」 「一日はモンサンミッシェルに、もう一日はロワールの城廻り、あとはずっとパリ。」 「へー、よかったわね。ところでフランス語はできたの?」 「いや、できない。英語も片言。友達はフランス語が少し話せたかな。でも英語も使っていた。」 「あらそう。それでパリはよかった?」 「そうね、嫌いじゃないけど物価は高いし、暮らすのは大変だな。食事代だけでも馬鹿にならない。」 「レストランは高いでしょうね。毎日レストランで食事していたの?」 「そう、毎日。」 「それじゃお金要るわけね。コンビニはないの?」 「あると聞いていたけど行かなかった。友達がレストランで食事をしたがったのでね。何しろ友達の言うとおりにしていたから、どこに行くのもその友達の言うままに動いていた。」 「それで絵は見たの?」 「見たよ。ルーブルにも行ったし、それに何と言ったかな、駅を改造した美術館・・」 「何だっけ?わたしも思い出せないわ。」 「まあいいや。そことか、まだ他にも行ったな。」 「ピカソとか。」 「そうピカソも見たね。あまりいいとは思わなかったけれど。」 「美術館が沢山あるのね。わたしも行ってみたいな。ねえ、来年の五月に行かない?連れてって。」とみどりは甘えた声を放った。同時に彼女はコーヒーをカップに注ぎ、結城の様子を窺った。結城は困惑した表情を浮かべたが、休みが取れないと言って、返事を曖昧にした。
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