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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第59回   59
「じゃあ、千メートル泳ぎましょう。明は何分ぐらいかかりそう?」初めて名前で呼ばれて彼は変な気持ちだった。「そうだな、三十分はかかると思う。」
「そんなにかかるかな?」とみどりは壁にかかった時計を見ながら言った。「じゃあ今、一時三十五分だから、二時五分を目標に泳いで。私はもう少し遅くなるから、二時十分にするわ。じゃあ、泳ぎましょう。頑張って。」みどりは泳ぎ出した。続いて結城も後を追った。暫くはみどりが先を泳いだ。結城はゆっくりとしたストロークで水をあけられないように着いていった。三百メートルを過ぎると結城が先に出た。そして、次第にみどりとの差が付き、千メートルを泳ぎ終わったときには既に二百メートルの差が付いていた。結城が柱の時計を見ると、二時七分ぐらいだった。三十二分かかったことになった。みどりはまた結城の横をターンして行った。彼女も十分までには泳ぎきれないだろう。もう大分ゆっくりとした動きになっている。もう一度彼の横をターンして、残り百メートルを泳がなければならない。「ラスト。」と結城は彼女に声をかけた。そして彼女が戻ってきたときはすでに十五分を過ぎていた。泳ぎ終わって、彼の前に立った彼女は直ぐに柱時計を見て、「あら、五分以上オーバーだわ。あなたは?」と息も荒く、結城に聞いた。「僕は二分オーバーした。」と結城は言った。「私よりいいわ。私は次回の目標ができたわ。」とみどりは言って、呼吸を整えている。呼吸が平常に戻ると、みどりはまた泳ぎ出した。結城もまた彼女の後を追って泳ぎ出した。
 ふたりがプールを後にしたのはそれから大分時間が経ってからであった。外に出ると、まだ秋の日の光が残っていて、暑いぐらいだった。みどりは水色のストライプのワンピースを着て、サンダルを履いていた。髪がまだ、濡れている。彼女の素顔と素足が結城には気になった。彼はそのまま帰るつもりだった。しかし、みどりが彼の腕を取って身体を寄せてきた。彼女は、「お肉買ってあるわよ。ステーキにするから食べて行って。」と
甘えた声を放ち、彼を帰さない行動に出た。彼は帰る理由もなかった。ステーキと聞いて、お腹が鳴るような気がした。彼女は彼を彼女のアパートへと引っ張って行った。


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