「社長は『ドマン』という社名に変更して、求人誌をベースに広告も取り入れた総合誌を目指すと言っているそうだ。とりあえず求人広告を増やし、同時に一般広告を増やしていくそうだ。営業は前からいる中年と若い者の二名、それに製作者が二名、あとは経理と内勤者。半数は辞めたので、これからが大変だが、やりがいはあると思う。」と石田課長は言って夕子の様子を見ていた。 「課長は行くつもりですか?」と夕子は不安になって訊いた。 「行くつもりだ。」彼は決然と言った。 「そうですか。それなら私も行きますわ。考えていたってしょうがないですから。」 「そうか。朝霧らしいな。決めるのが早い。」と課長と笑顔を見せた。「小野田も大体その方向だから、三人で頑張って新会社を立て直そう。」そういうと課長は今後のスケジュールを話し、立ち上がった。夕子も安心して笑顔を見せた。 それにしても突然の話だと夕子は思った。席に戻っても何だか落ち着かなかった。結城と別れるのも淋しく思われた。しかし、気分転換にもなるし、同じグループ会社の中で働くのだから、部署移動とそれほど大差はないと彼女は思うことにした。 社内ではまだ秘密で通さなければならない。結城にも話すわけにはいかなかった。しかし、何故結城のことが気になるのだろうか?彼女はそれが何であるかは判らなかった。 彼は相変わらず忙しく働いている。社内を動き回って、クリエーターとの打ち合わせに余念がなかった。また、他の社員と冗談を言い合って、笑い声が興ったりした。夕子はそんな彼が気になり、意識がそちらにいくのだった。やはり彼の存在は彼女に大きくのしかかっていたのかもしれない。それを彼女は何も気付かずにいて、今急に出向を言われて、 気が付いたのだろうか。 いっそ課長の申し出を断れば、こんな気持ちにならなかったろう。しかし、どうしてそれを断るなんてことができようか。夕子の心の中は様々な思いが交錯していた。 仕事にならないと思った夕子は、いつもより早めに会社を出た。日暮れが早くなった街は既に夜の帳が落ちていたが、ビルの明かりや街灯、それに道路を走る車のヘッドライトで明るかった。夕子はこんなにも街が身近に感じたことはなかった。いつも見ているビルの形、街路樹の並び、それらはいま厳然と彼女の前に存在した。歩道を行く、何人もの人々は水の流れのように、彼女の周りを流れていく流体物のようだった。街がこんなにも彼女に違和感を持って感じられたことはなかった。気が付くと彼女は既に駅の構内にいた。帰宅のサラリーマンに混じって、改札を抜けホームの階段を上がり、来た電車に乗った。
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