「あなたはどうするの?もう出ますか?」と夕子は訊いた。 「話が思わぬ方に行ってしまって、僕の気持ちが伝わっていないです。」 「あなたの気持ちはよくわかるけど、私はこういう女で、それにお応えできないの。また同じ結果になるのは無駄でしょう。あなたに何もしてあげられないと思うわ。ごめんなさいね。いつまでも同僚でいいわ。」と夕子は言って席を立った。もうレジの方に向かっている。結城も後を追った。 結城は彼女と別れ、東京駅の方へと歩いて行った。失望だろうか、落胆だろうか、足が重かった。顔は歪んでいたのだろう、通行人が時々彼の顔を見ているような気が彼にはした。何故だろう、と彼は何度も自問した。しかし、疑問は解けなかった。むしろ考える力も無かったといった方がいいだろう。もう、彼女を自分のものにすることはできない、彼女の心を独占することはできないのだ、という思いが彼を襲い、悔しがらせた。 彼は気がつくと、駅の構内に入っていて、既に改札の前まで来ていた。彼は電車に乗る気はしなかったので、暫く構内のコーヒーショップで時間を潰した。一人でいると気が滅入ってきた。ふと、みどりの顔が浮かんだ。彼女の明るい性格を彼は想ってみた。今週の約束をしなければと思った。そして、気持が落ち着いてきたのを自覚した。
13. 会社に戻ると、結城はみどりにそれとなくメモを渡した。それは今週土曜日に水泳に行くことを告げていた。彼女は結城と目が会うと指を丸めてオーケーサインを出した。夕子は暫くして戻ってきた。結城の方には顔を向けなかった。石田課長が彼女を呼んで、一緒に打ち合わせ室へ向かった。石田課長は彼女とふたりになると直ぐに切り出した。 「今度、社長がある会社を買収して、新会社としてスタートするのは朝霧も聞いていたと思うが、人材が足りないので、手伝ってほしいのだ。先方の役員は皆辞めて、古い社員は10人ほど残ったが、とても会社として成り立たない。そこで、とりあえず三人移動する。俺と朝霧、それに小野田が候補なんだが、社長の指名なので簡単には断れない。行ってくれるかね?」 「行くのはいいですが、どんな会社ですか?」と夕子は少し動揺して訊いた。
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