「そうね、4、5年ぐらい前かしら。」と夕子は思い出すように言った。 「相手は会社の人ですか?」 「ええ。もう辞めたけど。」 「どうして、結婚しなかったのですか?」結城は失礼を省みずに聞いた。 「どうしてでしょう?よくわからないわ。でも、これだけは言えるわね。私は家庭に入る気はなかったってこと。それは今でも変わらない。仕事をしていたい。」 「相手の人は夕子さんが仕事を辞めることを望んでいたのですね。」と結城は聞いた。 「そうでしょうね、たぶん。その人は会社を辞めて、その後会っていないわ。」 「そうですか。そんなことがあったのですか。」結城は感慨深げに言った。 暫く結城は黙って考えていた。それから、口を開いた。「お互いに信じあうことはできなかったのですか?」 「多分信じあえるところまではいったわね。しかし、実際の生活になると、意見が合わなかったの。私は家庭に入り、その人の親がいたから面倒を見て欲しかったみたい。面倒を見るのはいいけど、直ぐに家庭に入るのはどうしても嫌だった。結局それが原因だったのかな、気がついたときは続かなくなっていたわ。私の我侭とは思うけれど、仕方がないわね。」 「その人とはもう全然会っていないのですね。」 「ええ。」 「名前は何と言うのですか?」 夕子は少し躊躇っていたが、隠していても仕方がないと思い、「佐伯というけれど・・」 と彼女とは思えない小さな声で言った。 「どこかで聞いたことのある名前ですね。以前の会社で取引のあった会社に同名の人がいました。僕は挨拶するぐらいだったので、よく知らないけれど、多分その人かも知れません。細面で、なかなかの美男子ですね。」 「あら、その人かしら。眼鏡かけていました?」 「どうだったかな。よく覚えていないです。中肉中背だったと思いますが。名前は何と言いますか?前の会社の人に聞けば、その人かどうかわかると思います。」 「でも、いいわ、今さらもう、どうにもならないことだし。それにその人だとわかっても会いたくないわね。」と夕子は言って、腕時計を見た。次の約束までには時間があったが、もうお昼休みの時間はとうに過ぎていた。店内は昼食のピークが過ぎて、席は空き出した。
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