「とぼけないで下さい。夕子さんの家に行く件はどうなっているのですか?」と結城は怒ったように言った。 「ああ、その件?私まだ部屋の掃除をしてないのよ。少し片付たけれども、まだ全部できないので、とても人を呼ぶ状態じゃなくて。悪いわね。気になっていたわよ。」と、夕子は早足で歩きながら弁解した。 「それじゃいいです、家に行くのは待つとして、今晩時間を作ってください。」と結城は彼女の腕を取って言った。 「今晩は少し遅くなるので、明日ならいいわ。昼間でもかまわないので、日本橋でお昼でも一緒にどう?」 「うーん、多分大丈夫だと思う。新宿から行きますので、12時半に高島屋の前で。」 「わかったわ。それじゃ明日。」と言って、夕子はひとり駅に向かった。結城はそのまま歩いて虎ノ門の方へ行った。彼は何だか気の抜ける思いがした。彼女は結城ほど考えていないように思われた。彼が彼女の手を握ったときに見せた彼女の満足な表情は、あれは嘘だったのだろうか。そんなことはない、女性だから嬉しいに違いない。そうだとすれば、もう少し結城のことを考えていてくれてもよさそうだ。それがどうだろう、結城が彼女の家に遊びに行くことは全然気にしていないようだ。どうでもいいような言い方だ。彼は暫く無性に腹が立った。 夕方、結城が会社に戻ると、夕子は言っていた通りまだ戻っていなかった。彼はいつものように電話をかけ始めた。みどりが彼の背後を通って、机の上にメモを置いていった。電話が終わって結城はそれを見た。そこには今週も来て欲しいとみどりの字で書いてあった。彼はそれとなく彼女の方を向いたが、彼女もちょうど電話に出て話をしているところだった。少しずつ営業マンが戻ってきて、事務所内は電話の鳴る音や、話し声で沸きかえってきた。これが毎夕の状況だった。7時になっても夕子は戻らなかった。みどりは既に仕事を終えて帰路に着いた。結城は彼女に返事するのを忘れたと思った。 翌日、結城は午前中の仕事を終えると、新宿から日本橋に向かった。高島屋に着いたのは定時に5分ほど遅れていた。しかし、まだ夕子は来ていなかった。入り口の椅子に座って、待った。5分ほどで夕子が現れた。彼は少し緊張していたが、笑顔が自然に出た。彼女が知っている店があるというので、彼はついて行った。交差点を渡って、ビルの地下に入った。「やまと」というレストランにはたくさんのサラリーマンが昼食をとっていたが、既に1時近くなって、席はいくつか空いていた。夕子は奥の席に座って、定食を二つ注文した。
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