「あら、ごめんなさい、嬉しかったから、思わず・・」と言って、みどりは下を見た。「はしたなかったかしら?」と上目使いに結城を見て言った。 「みどりさんが嬉しいならそれでいいです。」と結城は言って、立ち上がった。「あら、また帰るつもり?」と言ってみどりも立ち上がった。入り口に向かう結城に立ちふさがるようにみどりは近寄り、結城に抱きついた。結城は動けずに体が硬直した。「抱いて、お願い。」とみどりは結城の耳元で囁いた。結城は彼女のその声を聞いて、「しまった。」と思った。しかし、みどりの身体の味わったことのない弾力と彼女の従順さが思わず、彼に彼女を抱かせた。二人は暫く動かずにいた。みどりはやがて顔を起こし、結城を見つめ、結城の唇に自分のそれを押し当てた。 12. 月曜日に会社に出ると、何もなかったように、結城は振舞った。いつものように快活に、体を動かしていた。みどりと目が会うと彼は軽くうなずいたが、みどりは微笑を浮かべた。彼は土曜日にみどりの部屋を後にしてから、自分の曖昧な返事がこうなったのだと後悔の気持ちが起きた。しかし、みどりとは単に遊びに過ぎない、過ちを犯したわけでもないと彼は自分に言い聞かせた。家に帰ってからは遅くまで眠れなかった。 夕子は相変わらず忙しそうに、働いている。電話をし、外出し、遅くまで戻らなかった。もう、結城のことは忘れたように、仕事に夢中になっている。結城は腹立たしかった。彼の想いが冗談と言うのか?単にふざけた行為をしているだけか?夕子はそう思っているに違いない。遊びでからかわれていると思っているに違いない。それでは早く意思表示をしなければならない、結城はそう思った。 夕子が外出しそうなところを見はからって、結城は一足先に事務所を出た。そして、駅へ向かう通りの路地で彼女が通るのを待った。最初の日はどういう訳か彼女は通過しなかった。次の機会にとうとう急ぎ足で通過する彼女が見えた。彼は自販機の陰から飛び出し、彼女の背後に付き、彼女の肩を叩いた。彼女は後ろを振り向き、結城に気付くと「あら、」と笑顔になった。「どうしたの、もうずっと先に出たと思っていたのに。」 「いや、たまには夕子さんと話がしたくて。」と結城はいつになく緊張した口調で言った。 「なに?そんなに改まって。おかしいわ。」 「だって、夕子さんから何も話がないので、馬鹿にされている様で、僕はこれでも・・」と言って、結城は言葉に詰まった。 「話って何?私、何か頼まれていたかしら。」
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