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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第47回   47
「二回も競争に負けて悔しいわ。」とみどりはまだ呼吸が収まらずに言った。
「いや、競争は勝たないと。負けるのが嫌いなので。」と結城は言った。
「女性に対しても。」とみどりは訊いた。
「勝山さんは強い競泳者と思っているので。」と結城は笑いながら言った。
「そうよ、中学の時は強かったの。水泳部で誘われたもの。」
「じゃあ、水泳部に入っていたら、もっと強くなれたね。」
「多分ね。入っていたら。」
「でも、今ぐらいでも早い方だね。まだ早くなれるよ。」
「そうね。結城さんと泳いでいたらね。これからも付き合ってね。」
「はいはい。水泳はいいね、気分転換になって。本当に厭なこと忘れて、爽快になる。休んだらまた千メートル泳ごうか。まだまだ泳げそうだな。」
「わたしもまだ大丈夫。」とみどりは笑った。
 プールの端のコースでは中学生や小学生が同じように水しぶきを上げて泳いでいた。人数はそれほど多くなかった。水泳の季節も過ぎていたので、本当に好きな者たちだけのようだった。屋根はパイプの鉄骨が梁を構成して、金属の波板が乗っていた。照明器具が所々吊り下がっていて、白色の光を下に投げていた。それが水に映って、反射している。
ふたりはまた水に入って、長距離を泳いだ。
 水から上がって、着替える時結城は空腹を覚えた。外に出て、みどりに言うと、家が近いので、寄ってほしい、何か料理すると言った。結城がためらっていると、みどりは彼の腕を持って、引っ張って行った。結城が断る理由を探しているうちに、彼女のアパートの前まで来てしまった。空腹が彼をみどりの手を振り払って、引き返すだけの決心を起こさせなかった。階段を登る時に、結城は空腹のため全身が振るえ、すぐにでも何か口にしたくなった。
 みどりに案内されて、彼女の部屋に入った。彼にとって女性の部屋に入るのは初めてだった。彼は緊張と空腹で立っていられず、台所の椅子に腰を降した。そして、彼女に言って、水を一杯貰って飲んだ。少し落ち着いてきた。
「生姜焼きとご飯でいいわね。」とみどりは冷蔵庫をのぞき込みながら言った。
「何でもいいです。できるもので。」と結城は再び空腹を覚えながら言った。
台所はテーブルと食器戸棚、それに冷蔵庫があった。更に奥はドアがあり寝室と思われる。みどりはドアを開けて、中に入っていった。やがて新聞と雑誌を持ってきて、結城に渡した。彼は新聞を拡げた。
 みどりはエプロンをかけて、肉を焼いている。いい匂いが結城の鼻を襲った。お腹が鳴った。みどりはすぐに火を止めて、テーブルにお皿を並べ、肉をフライパンから移し、次にタッパからマカロニサラダをスプーンで肉の横に盛った。炊飯釜からご飯を茶碗に盛り、肉の皿の横に置いた。
「これでいい?」とみどりは結城に言った。
彼は新聞から目を移して、テーブルの上のみどりの作った料理を見た。
「美味しそう。ご馳走になります。」そう言うと結城は新聞を傍らに置いて箸に手を掛けた。みどりも「わたしも少しいただくわ。やっぱりお腹が減るものね。」と言いながら箸を取った。


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