「いいですね。約束ですよ。」と結城は言って、右手を振った。そしてそのまま結城は彼女の掌を握り締めた。夕子は手を引っ込めずに居た。二人はお互いの手の温もりを感じていた。夕子は心臓の鼓動が高くなるのを感じた。暫く、ふたりはお互いに見詰め合っていた。ウエイターが近付いてくるのを感じてふたりは手を離した。雰囲気を感じてウエイターはまた戻っていった。 ふたりはお互いに見詰め合っていたが、笑いがこみ上げてきて、とうとう抑えられなくて笑った。 「本当に結城は子供みたいね。」夕子は照れくささを隠したくて、言った。「そんなこと約束してどうするの。わたしの家に来たからって、特別に面白いことも無いわよ。只のアパートだもの。珍しくもなんとも無いわよ。」 「いえ、朝霧さんのことをもっと知りたいと思っているからです。会社の朝霧さんと家に居る時の朝霧さんでは違っていると思います。家の朝霧さんが見たいな。」 「そんな違わないわよ。家事はほとんどしないから、会社に居るのと同じでしょう。仕事をするときもあるわ。残念ね、そんなわたしで。」 「それでも結構です。僕が家事をします。ご馳走作りましょうか。」 「残念ね。料理する何も無いわよ。材料も調味料も。」 「お鍋も無いのですか。ひょっとするとガスも来てないとか。」 「ガスは来ているので、お茶ぐらいは飲めるわね。料理道具は一通りあるの。でもほとんど作らないわね。」 「あはははは、朝霧さんらしいな。エプロンかけて、料理している朝霧さんなんてなかなか想像できません。」 「でしょう。だから来ても無駄になるわね。」 「そんなことありません。お茶だけいただいても有意義なことだと思います。」 「番茶よ。」 「番茶でも新茶でも何でも結構です。」 「新茶なんて飲まないわね。」 「いや、僕が持っていきます。」 「いいわよ、そこまでしなくても、お茶ぐらい買えばいいのだから。」 「それじゃ、和菓子を持っていきます。お茶会なんて洒落ていますね。朝霧亭お茶会と名付けましょうか。楽しみだな。」 「ふざけ無いでちょうだい。」 「ふざけてなんかいません。」 またふたりはお互いの目を見詰め合った。そして暫くして、お互いに笑いが込み上げてくるのを覚えた。
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