十月に入っても昼間は気温が上がって、汗ばむ日もあったが、夜は涼しくなり、ビールを飲むにはためらうような季節になった。居酒屋で、周りのサラリーマン達を見ると焼酎やお酒の熱燗を楽しんでいるものもいた。夕子と結城も肌寒い時は焼酎のお湯割を頼んだ。 「暑い時から較べると、本当に過ごしやすくなったわね。」と夕子が言った。 「ええ、全然違いますよ。ハンカチも二枚持っていましたけれど、もう一枚で十分です。」と結城が応えた。 「あら、二枚も持って歩いていたの。」 と夕子は言った。 「ええ、すぐ一枚はぐしゃぐしゃになって、どうしても二枚必要でした。」と結城は応えた。 「洗濯が大変ね。自分でするの。」と夕子は何気なく訊いた。 「そりゃ、勿論ですよ。」 「そう、お母さんは来たりしないの。」 「来ませんよ、もう。学生の時だけです。」 「他に誰か、みどりは行っているの。」 「まさか、やめてくださいよ、変な想像するのは。」と結城は真面目に夕子を見て、言った。彼女も真面目な顔になっていた。 「勝山さんはいい人ですが、まだ知り合って間もないし、そんな仲ではありません。」 夕子は黙っていた。 「それより、朝霧さんの家に行ってみたいな。」と結城は思わず言った。 「うちはもう汚し放題、掃除が嫌いなものだから。お客さんをよんだことが無いの。」 「それじゃあ、僕が行ってきれいにしてやりますよ。何なら洗濯もします。」 「冗談言わないでよ。馬鹿々々しい。」と夕子は真面目にとりあわなかった。 「冗談なんかじゃないです。本気で言っています。」 「まあね、そのうち部屋を掃除してきれいになったら来てちょうだい。」夕子は結城の語気に負けて言った。 「本当ですね。それじゃ指きりしてください。約束です。」 「何言っているの。子供じゃあるまいし、約束は守るわよ。」と夕子は笑顔を取り戻して言った。 「でも、指切りはしてください。」と結城は右手の小指を夕子の前に差し出した。 「もう、結城は馬鹿だから。」と言いながら夕子はいつもの彼女に似ず従順に彼女の右手を出して、小指を結城のそれに絡めた。
|
|