「これからは動きやすくなるわ。」と夕子が言った。「今晩なんか涼しいぐらい。気持ちがいいわね。」とみどりが言った。 「いいところですね、ここは。人が少なくて、混み合っていないのがいいです。都会の 喧騒を忘れてしまいますね。」と結城が椅子の背にもたれたまま言った。 「みどりが見つけたのよ、雑誌で。」と夕子は結城に向かって言った。「そうですか、いいところを見つけましたね。また、他にもあったら教えてください。」と結城はみどりに向かって言った。「まあ、これは行ってみないと分かりませんから。ここが飽きたら、他も行ってみますけど、しばらくはここがいいから他には行きません。」「ええ、僕もまた来たいな。」「来ましょう、四人で。」と言ってみどりは笑った。 10. 急に暑さも弱まり、過ごしやすい季節が到来した。旅行シーズンで、広告も旅行会社のものが多くなる。夕子と結城は相変わらず、営業の仕事に追われていた。すでに、結城は一人で動いていて、時々夕子と一緒に営業することもあった。そんな時、結城は彼女を夕食に誘ったりしたが、夕子は仕事を理由に断ることが多かった。結城はみどりを誘って、夕食をともにすることがあった。そのことは夕子の耳に入ったが、彼女はそれほど気に留める様子もなかった。彼女の平然さが結城には不可解に思われた。みどりの方に近付いていってもよかった。しかし、ふたりの間に夕子の存在が消えてなくならなかった。みどりは結城のその執着がそれとなく気付いていたのかもしれないが、夕子の男性的性格をよく知っていた。結城を夕子に取られることはない、とみどりは思っていたのかもしれない。それに、みどりには自慢の肉体があった。結城はそれを見ていたし、食事を一緒にとったときも、結城がまるで獲物を狙う動物のような目をしたことも知っていた。いずれ彼は襲いかかってくるだろうという予感がみどりにはあった。彼がそれをためらっているのは、多分夕子の存在だろう、みどりはそう思うことがあった。 結城は夕子のどこに魅かれているのだろうか。容姿はそれほどでもなく、人並みであった。仕事が好きで、きびきびした動作、はきはきした言葉使いからすればむしろ男性に近い性格を思わせたが、それでいて、時々見せる笑顔のかわいらしさ、女性的なしとやかさは失われていなかった。彼女のそういった両面を備えたところからくる魅力に彼は魅かれているのだろうか。彼女がすぐに恋愛に溺れないのも彼女の男性的な性格によるのだろうか。そう思うと、結城には峻厳な山を目指す登山者のように征服欲が沸いてくるのだった。
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