「そう見られるけれど、そうでもないんだな。」と彼女は話し出した。「仕事が好きなのは確かなんだ。これは自分でもそう思う。お洒落とか、美容にも興味はあるけれど、つい時間が無くて、忘れてしまうのよ。時間があればそうするわ、もっと服装にも凝ってみたいと思う。」 「本当は容姿に自信があると思うな。そうでなければもっと気を使うからね。そんなあっさりしていないでしょう。」と結城は彼女の自尊心をくすぐってみた。 「そんなわけ無いでしょう。ただ仕事だから抑えているだけよ。あまりお洒落していくとお客さんはそちらに気を取られて、落ち着かなくなるのよ。これは男性の場合も同じでしょう。あなたの服装は普通だけど、あまり派手なのを着ると、落ち着かないでしょう。お客さんが服装を覚えていないのがちょうどいいのよ。」と夕子は自分の容姿のことには触れずに言った。 「まあ、そうですね。僕も目立たない服装を心掛けています。と言って、地味すぎると暗い印象を与えるので、ワイシャツ、ネクタイはなるべく派手にしています。その方がかえって、お客さんの記憶に残ると思います。」と結城は言った。 「それはいいと思う。私もブラウスは清潔なものにしているの。そうでないと印象が悪くなるし。お化粧は派手でない方がいいわね。これはもう確か。」と言って、夕子はビールを一口飲んだ。すっかり女性言葉に戻っていた。 「それは確かですね。僕もワイシャツには気をつけます。特に袖とか襟首に。スーツは多少、よれていてもかまわないと思います。靴は磨いてあればいいと思っています。」結城も自分の考えを得意そうに述べた。 「特に手は一番目につくところなので、爪の手入れはしてないとだめね。あまり伸ばさないようにしているわ。マニキアもほとんどつけていない。その分、よけいに手入れがいるの。」と言って夕子は自分の手の爪を見る。 「ああ、綺麗ですよ。形もいいし、マニキアつけたら台無しですよ。ちょっと見せてください。」と言って結城は彼女の手を取る。そして、それを硬く握って、彼女の顔を見つめた。彼女も見つめ返した。その間、沈黙があった。 「ばかねー。何するの。」と夕子は言いながら手を引っ込める。彼女の胸が少し波を打っている。 「いや、朝霧さんの手があまりに綺麗だったので。」と結城は弁解する。 「簡単に触らないでちょうだい。この前も腕を捕まえられたし、あなたは無礼ね。」 「ごめんなさい。どうも僕は自制がきかないみたいです。」
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