20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:当世女性気質 作者:石田実

第31回   31
「そうです、そこは社員の溜まり場ですから。近いですから見ていきますか?」と結城は言って、夕子を案内した。それは大通りから一本は入った、飲食店の多い通り沿いにあった。何の変わりもない普通の居酒屋だった。昼間はやっていなかった。夜のみだということだった。夕子がその店を利用したのはずっと後になってからだった。その時は、次の訪問予定があり、結城と別れて、一人でそちらに向かった。
 八月末になって、立花と山田が辞表を出した。本人たちは転職が決まっているので、説得も無駄であった。営業の退職は珍しくなく、夕子も慣れていたので、ふたりに挨拶しただけだった。みどりは淋しがって、個別で行う送別会に出ると言った。夕子は出ないと言った。正式でない限りそれは任意であった。
 二人の退職者を出したことは営業マンに多少の影響はあった。不満の声が夕子の耳に入らないでもなかった。特に結城と飲むときはその話が出るときもあった。しかし、夕子はあまりそのことに触れたくないと思った。結城もそれに拘泥しなかった。
八月の売上は前の月よりも上がったので、専務の叱責もなかった。会社は平常の雰囲気を取り戻していた。夕子は休日を利用してみどりとまた千葉の海岸に泳ぎに行った。仕事を忘れて、浜辺で寝そべっていると疲れがとれたような気分になるのだった。みどりも気分転換ができると言った。海を見たり、潮風に吹かれたりするだけでよかった。夕子は海にはそれほど長くはいっていなかった。沖の漁船や貨物船をビーチパラソルの下の長椅子に寝そべって、ぼんやりと見ていた。みどりは何度も海に入った。砂浜を歩いて波打ち際から少しずつ水に浸かり、そのうち頭だけになった。幾人かが同じように頭を出したり沈めたりして泳いでいた。夕子はあれほどは泳げないと思った。
 暫くするとみどりが水を滴らせて海から上がってきた。夕子の横の長椅子のタオルを取ると体を拭き始めた。その長い四肢と引き締まった肉付のよい身体を見ていると、夕子は羨ましくなった。胸は大きいし、腰はよくくびれて、大腿部は形がよかった。彼女が泳ぎたくなるのも無理はなかった。男性の視線を浴びるのは当然に思われた。夕子は身体にはみどりほど自信はなかった。みどりは長椅子に寝そべると海を見ながら、「気持ちがいいわね。」と言った。空は晴れて、青く、沖には入道雲を沸かせていた。海は輝き、波は穏やかだった。「会社の人にも教えちゃおうか?きっと誰か来ると思うよ。」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 7875