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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第29回   29
豊製薬の打ち合わせでも夕子は結城の存在が気になった。昨日の結城の言葉が思い出された。彼女は思わず口元に笑みが浮かぶのを抑えた。それは誰にも気付かれずに終わった。それにしても結城の提案書はなかなかよかった。TV広告だが、よく出来ていた。彼女は早速、関本部長にアポを入れた。
 翌日の夕方、ふたりは豊製薬の応接室に座っていた。TV広告と言っても動画ではなく絵コンテでの説明だった。仕事中に疲れ気味の社員が別の社員から滋養強壮飲料を手渡しでもらい、それを飲み、笑顔になるというだけの動きだが、社員はお金をかけず、実際の社員で行おうというものだった。男性二人にするか、男女一人ずつにするかは検討の余地が合った。予算内ではおさまった。内容の打ち合わせはもう一、二回必要だった。
 打ち合わせが終わるとまた、ふたりは居酒屋に入った。結城が強引に誘ったからだった。夕子は断れなかった。片腕を捕まれて引きずり込まれた格好だった。気安く体に触られても夕子はそれほど厭な思いにならなかった。
「酒飲みなのね。結城は。酒飲みは嫌いだな。」と夕子は呆れて言った。「酒飲みではないです。朝霧さんと話がしたいだけなのです。」と結城は満足気だった。「それなら、別に居酒屋でなくても。」と夕子は腕を擦りながら言った。「いや、たまたまいい店があったので、それだけです。」
「昨日飲んで、今晩もまた。まだ仕事は決まったわけでもないのに。」
「いや、それだから打ち合わせして、戦略を練らないと。」と言って、注文を聞きに来た女にビールと枝豆を頼んだ。
「おまえなあ、女性の腕をそうきつく握るもではないぞ。痣でも出来たんじゃないかと、」と言って夕子は左腕を見ている。
「きつかったですか、申し訳ありません。つい夢中になってしまって、多分逃げられまいとして、力が入ったかもしれません。」結城は懸命に謝っている。痛みも少しひいてきたのか夕子は運ばれてきたビールのジョッキを手に持ってしぶしぶ乾杯した。
「おまえ、毎晩飲むんだろう。飲んだら仕事できないよ。酒好きで成功した人はいないんだから。」と夕子は一口飲んだだけで言った。
「とんでもないですよ。本当は酒は好きではありません。付き合いで飲むだけです。付き合いが多かったもので。朝霧さんも分かると思いますが。とにかく付き合いは多いです。」


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