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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第28回   28
夕子は少し口元に笑みを浮かべ、結城から目をそらした。
「結城、おまえな、あくまで仕事仲間だからな。」と夕子は男言葉を使った。
「分かっています。しかし、一緒にいればいるほど、朝霧さんに引き込まれていくようで。何でしょうね、この気持ちは、自分でも分からないのです。」酒の勢いで結城はますますエスカレートしていった。「もう一杯どうですか?」と結城はすでにビールを飲み干してしまい、夕子に言った。「もういい、これ以上飲めない。結城ももう飲まないで。」と夕子は目の前に差し出した空のジョッキを制して言った。「分かりました。」結城は素直に言って、残りの枝豆を食べた。店の中はサラリーマンの飲み客の話し声で、反響していた。ふたりの話も横の客には聞こえなかっただろう。ふたりも自分たちの声をやっと聞けたぐらいだった。勘定を済ませて、ふたりは店を出た。駅までふたりは無言だった。
どうもうっかりだったと結城は悔やんだ。しかし、それはごく自然のことでもあった。何を言っても弁解に聞こえそうで、しばらく結城は無言でいた。夕子もそれなりの反応があったことは結城も分かった。彼女が無言でいることもそのせいだ。結城は駅で夕子とは別の電車で帰るといって別れた。
 翌日は前の日の緊張を忘れたように二人は会社の中で、変わらない態度で接した。クリエータとの打ち合わせも、念入りに時間をかけて行ったが、すべて仕事の上での意見交換であった。結城の視線が夕子のそれに重なった時も、夕子は笑みを押し殺して、自分の意見を言った。結城も同じだった。
昼にみどりに昼食に誘われた時も、結城の話は何も出なかった。それよりも欠勤しているふたりの社員のことが心配らしくみどりは会議の様子を夕子に聞いた。夕子はそのことがみどりを通じて社内に広まることを恐れて、詳しくは言わなかった。通常通りだったと言った。「それなら、なぜふたりは今日も休んでいるのよ。辞めるかもしれないわ。」
「辞めないでしょう。体調悪いということだから、よくなれば出勤してくるわ。心配しないで。」と夕子は前向きな考えを述べた。
夕子も確信は無かった。人の心配をしても始まらなかったが、その気になれないのは他に理由があった。やはり結城の言葉が胸の底にあるのだ。夕子はそれほど自覚していなくとも。


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