20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:14歳の予科練 作者:良井小説

最終回   1
    14歳の予科練

○父と母がいた海

 敏夫は見た。丘の上から見た。
海に浮かんでいる伝馬船(櫓付き船)を見た。
父と母が乗っている。
父の太い二の腕で漕がれ、母は前に座っている。
船の中にはあわびが積んである。

敏夫は勤労奉仕の帰り、学校の授業は少なくなり、
勤労奉仕ばかりになっていた。
帽子から汗が流れてきた。
腰の手ぬぐいで汗を拭いた。
そして船に向かって手を振った。
船からは見えないのはわかっていた。

敏夫14歳 中学2年
1学期も終わろうとしていた。
空には海軍の九三式中間練習機が飛んでいた。
敏夫は海が好きだ。
将来は海軍に入りたいと思っていた。
漁師の後を継ぐより海軍の方に憧れるのは
学校の軍事教練の陸軍の担当官が嫌いなだけではなかった。

敏夫は走る。丘を走る。
そして浜辺に着いた。
船は近づく、敏夫に近づく、
母は笑っている。
父は照れているのか敏夫を見ない。
見慣れた風景だった。
「小物ばっかりだったよ」
母はそう言ってあわびを敏夫に渡した。
「もっと沖にでも行かなきゃ おなかすいたかい」
母は先に帰る。

父と一緒に船を浜に上げる。
父は海で育った人間で無駄な言葉を喋らない。
黙々と片付ける。
漁師の父を尊敬している。
力強い無駄の無い動き、日に焼けた顔に歯だけが白い。そんな父も戦争に借り出される。
40を過ぎている父は国家総動員法で船舶運営会船員として輸送船に乗るらしい。
数日後には家を出る。
乗りたくても父の船は手元の無く、伝馬船で海の感触を確かめるだけだった。

○家族との別れ

 父との別れ夜、しんみりとした食事、会話の無い家
何をしゃべって良いのか誰もわからない。
何時もは陽気な母でさえこの日は無口だった。

父は立った。
食事が終わると出て行った。
敏夫は迷った。少し迷った。
そして追った。父の後を追った。

海に出た。父は居た。波の音がした。
「母さんを頼む」
うなずく敏夫 波の音だけが聞こえていた。

父は隣町の駅で列車に乗り行ってしまった。
他の出兵の人達に混ざって、派手な見送りも無く、
家族に見送られて行った。
ホームの万歳の声を汽笛が消した。

それから母は気丈に振舞った。見ている方が辛い。
母を手伝わなければと敏夫の身体は自然と動く
「心配しなくても母さん1人でも大丈夫」
と言うが、父との約束だけじゃない。だがなんと言って良いのかわからない。

「俺が漕いで行くから」
敏夫は母を伝馬船に乗せ漕いだ。
伝馬船を漕ぐのは子供の頃から遊びでやっている。
父ほどでは無いが自信はある。
二人で漁に出た。
母の海女の衣装が夏の日に照らされてまぶしかった。
船先に座り笑顔を敏夫に向ける。
「一人前だねえ」
からかいと尊敬の混じる声
「父さんより上手いか」
笑って答えない母
敏夫はいたずら心で船を揺らす。
「海で育った人間にそんな事をしてもダメダメ、板一枚下は地獄か天国か ってね」

魚場に着いた。

○母の死

 魚場に着いて母は海に潜った。息が続く限り、そして息継ぎに海面に顔を出す。
大きく息を吸ってまた潜る。
敏夫は見ている。絶えず海面を見ている
ただ見ているだけではない。
船は流されていないか、母は何処に浮き上がるか、
「駄目だねえ 他に移ろうか 沖にあるから」
船に上がった母を乗せ沖に進む、遠浅の海を漕ぐ。

沖の場所に着くと再び母は潜った。
何回も何回も
「もう駄目だわ 年とったわ 息が続きやしない」
「代わって 俺がやる」
敏夫はズボンとランニングシャツを脱ぎ捨て、ふんどし一丁で海に飛び込んだ。
母の顔に水がかかった。頼もしそうに笑った。

敏夫は海中の水を掻き進んだ。あわびを探しながら、
母に馬鹿にされたくない。褒められたい。
その一心だった。
夢中だった。
息が苦しくなってきた。
もう少し、もう少しであるかもしれない。
限界か、海面に上がろうか、あった。
あわびを岩場から外した。
限界だ。
急いで海面に出なければ、懸命に手足を動かす。
海面に出た。
大きく息を吸った。
「とったぞー」
飛行機の音がした。
海面から音のする方向を探した。
そして見つけた。九三式中間練習機と見たことが無い飛行機だった。
その飛行機は九三式中間練習機を追いかけている様に見えた。
九三式は煙を吐いた。
きりもみしながら落ちて行った。

敏夫は伝馬船を探した。
だいぶ離れた所にあった。
泳いだ。
一手一手近づく、母は見えない。
遠くからではわからなかったが、船は壊れているみたいだった。
「母さん」
返事は無い。
あわびを船に放り投げて、船に上がると母は死んでいた。
機銃に撃たれていた。
船も穴が開いている。
抱き起こしても、ゆすっても生き返らない。
言葉にならない敏夫の声、そして沈んで行く船、
悲しんでばかりもいられない。
母を海の底にやるわけには行かない。
浜まで母を運ぼう。
このまま船と一緒に沈ませられない。
一緒に帰ろう家へ

母を抱えて浜を目指した。

敏夫は泳いだ。
母を抱えて浜を目指した。
泳いでいる最中いろんな事が頭を過ぎった。
母は敏夫を助ける為に自分が犠牲になったのか、
海に飛び込めば助かったもしれない。
わざと標的になったのか、
父になんと話そう、これからどうする。
浜に帰る事に集中しなければならないのに、違う物が頭を過ぎる。
母の居ない家に帰ってどうなる。
浜までは遠い。

時間だけが過ぎる。
無力さを感じる。
魚みたいに速くは泳げない。
人間は陸の生き物だ。
泳ぎ疲れる。
手足が重くなる。
一手が辛くなる。
体力は落ちる。
もう頭は何も考えられない。
母を見捨てるか、それともこのまま一緒に死のうか、
考えるのも嫌になる。
疲れた。
それだけだった。ただそれだけだった。

 その時敏夫の身体に何かがぶつかった。
それで気を取り戻した。
サメか、否サメならば一撃で食われている。
辺りを見渡す。
また身体にぶつかった。

イルカだった。
イルカが敏夫の周りを泳いでいた。
敏夫はつかんだ。
平行して泳ぐイルカの背びれを、
イルカは嫌がらなかった。
そのまま浜に向かう。
イルカの背びれと母は離すまいと誓った。

イルカは二人を連れて行く、ゆっくりと
二人を振り落とさない様に進む。
助かった。
浜が近づき敏夫はイルカの背びれを離した。
礼を言う体力も無い。
浜にたどり着いた。
そして倒れた。

気を失った。


 気が付くと自分の家だった。
人々が集まっていた。
報せを聞いた近所の人、学校の担任の石岡、親戚、母の葬儀の最中だった。
夢では無かった。母の遺影、線香の匂い、死に装束の母、人々の沈鬱、
敏夫を見る人々、脱力感、全てが本物だった。
担任の石岡雄三が敏夫の元へ来た。
「先生」
と言うのがやっとだった。
泣くしかなかった。
皆も泣くしかなかった。
そして悲しみに耐えるだけだった。
誰が悪い。戦争が悪いとは言えなかった。
憎むのはアメリカしかなかった。
「先生、戦争に行きます。行かせてください。少年兵でも予科練でも何でも良いです。母の仇を討ちます」
人々は敏夫を見た。
心の中では年端の行かない子供が行く事は無いと思っているが、口には出せない。
非国民にされてはかなわない。
村の世話役の田中顕が
「良くぞ言った。それでこそ日本男子、お国の為、母の為、憎っき鬼畜英米を撃つ、先生 願書をお願いします」
ここでは世話役の口に合わせなければならない掟だった。
人々は相づちを打った。
「葬式が済んでから話そう、今は」
石岡の言葉が田中の興奮を抑えた。

葬儀忌中で数日勤労奉仕を免除になっていた。
そんな時に石岡が家に来た。
「今まで海軍甲種飛行予科練習生(予科練)の志願が3学年2学期修了から2学年修了まで引き下がった。受けてみるか」
「お願いします」
答えは一つしかなかった。
敏夫は予科練願書を提出した。
戦況は兵隊が足りなく、敏夫の様な14歳の少年まで借り集めなければならなかった。
そして昭和19年12月海軍甲種飛行予科練習生の採用を決定され、
明けて昭和20年3月福岡航空隊に入隊との通知を受けた。

○予科練

 予科練(海軍甲種飛行予科練習生)とは
飛行機搭乗員育成の為昭和5年(1930)に設けられた制度 全国の14歳〜16歳の少年に約3年の基礎教育をした。海軍航空隊のエリート

昭和20年3月の戦況はアメリカ軍の沖縄戦が始まっており、沖縄のアメリカ艦艇に対して飛行機に爆弾を抱えて体当たりする神風特別攻撃隊が連日出撃していが、戦況が変わることは無かった。

 敏夫と同じ中学から石本健吉、藤川登の3人が予科練に合格した。
3人の入隊壮行会が開かれた。
予科練と言う事で3人は得意満面だった。
石本は石材屋の息子、藤川は農家だった。
親戚、近所の人、同級生が集まっては敏夫達を称え、これで日本の戦局も逆転するとまで言った。
特に村の世話役の田中は一人ではしゃいでいた。
村から予科練を出す名誉を自分の名誉とでも思っているみたいだった。

出発の日 敏夫は一人で母の墓へ行った。
母に別れを告げた。
ここには二度と来られないかもしれない。

 隣町の駅で同期達は家族と親戚、同級生との別れに浸っていた。田中の音頭で万歳三唱が行われた。
父の時より盛大さに戸惑い、見送りの居ない淋しさで、すぐに席についた。
列車は走り出した。
石本が興奮気味で席についた。藤川も同じく席につく。
「予科練に入ったら女学生の憧れの的だぞ、石本さん好き好きって、七つボタンを見て」
石本は陽気な奴だった。
「予科練は持ててもお前は持てんわ」
何時もはおとなしい藤川さえ興奮しているみたいだった。
「早く制服着たいな」
それは皆も同じだった。

福岡航空隊の門をくぐる敏夫達、
待っていたのは先着の同期の少年達だった。
120名はいた。

最終身体検査を受ける
不合格者は帰される
集められる
指示を受ける
軍服を受け取る
各自名前と軍籍番号を記入する
そして着替えるが、服、靴、帽子がダブダブであったり、小さかったりする。
皆口々に文句を言う。
「何時まで学生気分でいるのなか!」
教官の一喝で空気が変わった。
「ここは海軍ある。服に身体を合わせろ!海軍では体を服に合わせることになっている」
敏夫は藤川と服を交換し、帽子は石本と交換した。
靴は少し大きいが我慢する事にした。
第16期は分隊20班に分かれ、予科練の生活が始まった。

○新入隊訓練

 予科練16期の日課は朝5時55分に始まる。
海軍では何でも5分前に準備しなければならない。
起床・体操整列・甲板清掃・朝食・朝礼整列・午前課業・昼食・午後課業・軍艦旗降下・夕食・甲板清掃・温習・寝具用意・就寝・巡検だった。

総員起こしのラッパが鳴る。
教員の飛行伍長、教員助手の飛行兵長が指揮棒片手に床を叩く
「遅い、遅い」
「もっと早く」
「他の分隊に負けてるぞ」
教員達の叱咤が響く、
「娑婆っ気を何時まで持っている」
新入隊員を軍人に仕立て上げる。
他の分隊に負けない様に何事も競争させられた。

巡検ラッパが鳴る。
寝台(二段式木製ベットの藁敷き布団)に入っている石本達
「ジュンケーン」が拡声器から流れる。
布団の中で待機している藤川達
当直下士官が懐中電灯の先導で来る。
敏夫は敬礼し
「第14分隊総員6名異常ありません」
と言う。
当直下士官が点検し始める。
掃除道具置き場のドアを開ける。
掃除道具が乱れている。
「これはなんだ」
「第14分隊静かに整列」
6人が整列する。
「道具の乱れは精神の乱れ、お前らたるんでおる」
下士官は6人全員に一発づつビンタを張って行く。

手旗信号、モールス信号をする16期生
甲板清掃をする16期生
「それ押せ 押せ」
一列に歩調を合わせの雑巾がけをする敏夫達

日々の訓練を歯を喰いしばってこなして行く。

やがて入隊から一ヶ月が過ぎた。
新入隊員達も軍人らしくなって来た。

○どかれん

一ヶ月を過ぎたある日
「分隊総員整列」の号令がかかった。
整列する16期生
指揮台に福岡航空隊司令の土屋中佐が上がった。
「諸君も入隊して1ヶ月経過して、よく頑張っている。戦況はますます厳しくなり、海軍では練習航空隊の教育中止を決定した。飛行機に乗りたくて予科練に入ったと思うが、海軍にはお前達を乗せる飛行機は無い。訓練する燃料も無いのが実情である。前線も本土に近くなり、諸君は後方基地の増強の任に就く様に」
動揺する16期生
何の為に海軍に入ったのか、母の仇も討てず、お国の為に戦う事も出来ない。
「よって本日を持って予科練教育は中止、練習航空隊は解散」
飛行機に乗れない予科練になった16期生

「何の為にここに来たんか」
「これからどうなる」
敏夫の不安は皆の不安と一緒だった。
海軍に志願して不条理なしごきに耐えたのはアメリカを倒し母の仇を撃つ為だったのに、後方基地の増強は勤労奉仕と変わらない。

次の日から16期生達は飛行場の補強作業をやらされた。
石をハンマーで割り、トロッコに積む。
滑走路を蒸気駆動のローラーが動いている。
「これじゃ予科練でなく、どかれんだ」
石本は言った。
その通りだと敏夫は笑った。

石本は鼻歌を歌いながらトロッコを押している。
それを教員助手に見つかった。
「こら貴様、何をやっておるか」
どなる飛行兵長
「気合がたるんでおる。佐々木、石本を殴れ」
驚く敏夫
「何をグズグズしておる。こう殴るのだ」
飛行兵長は石本を殴った。
「佐々木やってみろ」
戸惑う敏夫
「やらんか」
怒鳴る兵長
敏夫は仕方なく石本を殴った。
「こら手加減すると何度でもやらせるぞ」
石本の目を見る敏夫
石本の目は覚悟を決めている様であった。

○罰直

 思いっきり石本を殴った。
「もう一度」
もう一度強く石本を殴る敏夫
「情けをかけると余計痛い目に合う。わかったか」

軍隊の不条理は終わらない。
罰直と言うのがある。
何かにつけて海軍軍人の精神鍛錬の名の元に体罰がある。
有名なのは精神注入棒(通称バッター)で樫の木で作られた棒、これで尻を叩く、受け手は足を開き前かがみで受ける。
他には腕立て伏せ数十分
万歳の姿勢で膝を屈して踵を上げた姿勢で数十分
寝台の下を潜り、次の列の一段目、二段目と上っては降り、次の寝台の下を潜るのを競争させられる。
よく考え付くなと感心するほど体罰とこじつける理由があった。

補強作業と罰直の日々が続いたある日
「総員整列」の号令がかかった。

16期生を前に土屋中佐が立つ
「戦雲は急激に迫り諸君らも臨戦整備に追われている。戦局は厳しが諸君らにも国の為に奉仕する機会は必ずやある。その日の為にも日々精進して欲しい。ゆえに予科練甲飛14・15期と16期は海軍陸戦隊に改編される。予科練魂を陸戦隊で発揮して欲しい」
と司令は発令したが、陸戦隊と言ってもここには小銃が二十丁も無かった。
やる事は飛行場整備に変わりなかった。

○藤川登

 石本は要領が良い。手の抜く所を心得ている。
ひょうきんに下士官の機嫌を取るのも忘れない。
家が商売だけある。
藤川は真面目過ぎるのか、頑張っているのに下士官によく殴られる。
敏夫はその都度藤川に声をかけ励ます。

ある時石本が藪を切り開く作業をして山芋を見つけた。
「昼に食べるか」
「さぼると怒られるぞ」
敏夫は止めたが、石本は山芋堀りの精をだした。
「腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃないか、精をつけて鬼畜英米を撃つ」
石本は陽気に言った。

食料事情の悪い時で食事当番は食べられる野草を探して食事に混ぜたり、蛇を捕まえては蒲焼にしていた。
藤川はこう言うのは得意で藤川の当番の時には見栄えが良くなった。

土木作業は教練の時より息抜きが出来た。
私語も交わすことが出来た。
昼寝の時間もあった。

沖縄戦も終わり、本土への空襲は激しくなった。
艦載機がやって来る。
土木作業している最中にも空襲警報が鳴る。
「退避 退避」
の声でクモの子を散らす様に防空壕へ走る。
低空飛行の艦載機が来る。
防空壕は横穴式で、爆弾を直撃されればひとたまりもない。
それでも防空壕の中は和気あいあいだった。
作業をしばらく休める。

迎撃する日本軍の飛行機は飛ばないのか真昼間に度々やって来る。
そして補強作業していた滑走路に穴を開けて行く。
こちらは飛べなくなったゼロ戦から外した20ミリ機関砲で撃っているらしいが、被害は増えるばかりだった。

「敵機来襲」
敏夫と藤川は滑走路の真ん中で作業していた。
隠れる物は無い。
防空壕まで走る。
飛行機は速い。
機銃が敏夫と藤川を狙う。
身を伏せる。
敏夫の横を銃弾が通り過ぎる。
生きた心地がしない。

このまま伏せたままでいるか、走るか決断を迫られる。
爆弾の落下音(爆弾に笛の構造をつけて音を出し威嚇する)
「駄目かもしれない」
爆弾が炸裂する。
土煙を巻き上げる。
一寸先も見えない世界
バラバラと石や砂が敏夫の身体に落ちてくる。
空気は落ち着き、飛行機の音は遠ざかる。
耳を塞いでいた敏夫は空襲が終わった事を感じた。
セミが鳴き始めた。
敏夫は立ち上がった。
藤川は伏せたままだった。
駆け寄る敏夫

藤川は腹を機銃に撃たれていた。
血が止め処も無く流れている。
「藤川大丈夫か、しっかりしろ」
藤川は目を開けたが焦点は合っていなかった。
「かあちゃん」
藤川の最期の言葉だった。
藤川は死んで祖国の御霊になったのだろうか、死んで故郷に帰って行く。
人の死は当たり前の時代だった。
戦地で内地で毎日人は死んで行った。
明日死ぬのは自分かもしれない。
軍人は死ぬのが商売だ。
死を恐れない様に号令一つで機械的に身体が動く様に訓練する。
それが軍隊生活だった。
だが14歳の敏夫は予科練に入って4ヶ月、教練は中止となり土木作業ばかりの生活
悲しみの感情は強かった。
友が死んだ。
敏夫は悔しかった。
でもなにも出来なかった。
ここには九九式陸戦小銃さえも無かった。

敏夫達陸戦隊は佐世保鎮守府に転属が決まった。

○佐世保鎮守府へ

 佐世保鎮守府は明治19年(1886年)設置された。
鎮守府とは艦船の装備、その他の軍需品の集積及び補給、艦船の修理、要員の教育補充等の海軍の基地
陸軍は鎮台府と言う。
明治22年第3海軍区佐世保鎮守府開庁
軍港として現在まで至る。

七つボタンの制服を着用して敏夫達は列車に乗った。
列車の窓はブラインドを閉められ外は見えない。

空襲警報が列車に伝わる。
列車は急停止する。
艦載機が列車に迫る。

列車から降りる乗客達、我先に草むら林に逃げ込む。
米軍艦載機が列車目掛けて機銃を撃つ
伏せる敏夫
その時敏夫は手を握られた。
暖かい手だった。
見上げると女学生が敏夫の手を握っていた。
艦載機は折り返して機銃を撃つ
女学生はその都度身を強張らせ敏夫の手を強く握った。
敏夫は米軍機よりも女学生の方が気になって仕方なかった。
女学生の顔は見えない。
敏夫にとっては久ぶりの異性がすぐ側に居る。
このドキドキ感は今死に直面しているからか、それとも異性がすぐ側に居るからかわからなかった。

米軍機が遠ざかると少女は顔を上げた。
そして敏夫を見た。
その時敏夫の手を握っていた事に気づき慌てた。
顔を赤らめ
「ごめんなさい」
と言って立ち上がり列車に向かって去った。
敏夫が少女の言葉になんと言って良いか考える暇もない早さだった。
手には少女の感触だけが残った。

少女は列車に乗る時一度だけ敏夫を見た。
敏夫はずうっと少女を目で追った。

列車は進む。列車の運行に支障が無く。
敏夫の頭は少女の事で一杯になる。
石本がボーとしている敏夫に気づく
「気合が足らんぞ、精神がたるんでおる。足を開け歯を喰いしばれ」
と冗談ぽく言ったが、敏夫は苦笑いをするしかなかった。

佐世保鎮守府に着いた。
敏夫達を待っていたのは人間機雷伏龍特別攻撃隊への編入だった。

○人間機雷伏龍

 伏龍特別攻撃隊とは日本軍がB29から投下された磁気
機雷を潜水員が爆薬を仕掛け遠隔操作で爆破処理する
必要性から簡便な潜水器具を横須賀海軍工作学校研究
部が開発し、昭和20年3月実用化の段階にこぎつけた。
 海軍軍令部ではこの潜水器具を特攻作戦に使用する
構想が出され、5月26日潜水器具は特攻兵器として
正式に採用され「伏龍」と命名された。
約3000人分を整備する命令が下された。
部品は各所の使い回しだった。
佐世保には2個大隊配置決定(7月18日)

本土決戦において徹底抗戦を遂行する為、敵上陸船艇
や揚陸艇の撃沈を目的とし、簡易硬式潜水具に五式撃
雷(機雷缶に5mの竹竿をつけた物)通称棒機雷を隊
員が酸素二式瓶を担ぎ、腹に鉛のついた重しを巻き、
足にも鉛の靴を履いて浮上出来ない様にし、片手に棒
機雷を持ち、酸素弁を自分で調整しながら、水深5m
潜り、敵の上陸船艇が上を通るのを待ち伏せて棒機雷
を爆発させる。潜水時間は6時間程

 敏夫達は長崎県川棚町に移された。
大村湾に面したおだやかな海が広がる。
川棚魚雷艇訓練所に向かった。
ここは船舶の往来が激しくは無く、
魚雷艇の訓練基地として最適だった。
敏夫達が着いた時も小型ボートが海面を動き回っていた。
ここは250`爆薬を小型ボートの船首に取り付け
敵艦に体当たりする震洋特別攻撃隊の基地でもあった。

○良江

 ここに着いても特攻訓練は直ぐには始まらなかった。
装備の到着が遅れていた。
敏夫達は強制疎開させられた家の解体作業をさせられた。
相変わらずのどかれんだった。

その日敏夫と石本は食卓番だった。
食卓番は一番階級の低い物がやる。

敏夫達は近くの軍需工場の炊事場に食缶(10人〜15人分入る)を受け取りに行った。
炊事場では女学生達がまかないを作っていた。
その中に列車の時の少女が混じって働いていた。
少女は敏夫を見ると軽く会釈した。
敏夫は慌てて敬礼をした。
あせりながら
「食缶受け取りにまいりました」
その声に周りの女学生達が笑った。
少女の服に縫いこんである名札をすばやく見た。
列車の少女の名は木村良江と書いてあった。
年は敏夫と同じだった。
「はい予科練さん」
良江は食缶を敏夫に渡した。
またお節介にも石本が気づき
「名前言っとけ 名前言っとけ」
とささやく
「ばか」
敏夫は食缶を持って出て行く。
「今日は女学生が作ったから美味いぞ、乙女の味付き」
石本はうるさい。
「あの子知ってるのか」
敏夫足早になる。
「良江さんか〜」
「なんでお前が知ってる」
「名札に書いてあるが、自分も名札みたくせに、今晩寝られんぞ〜」
「早くいくぞ」

分隊に帰ると話は女学生達の事で持ちきりだった。
石本が一人で言いふらしている。
食卓番は当番制で今度は何時会えるかわからない。
分隊員は女学生に会えるのにどよめいた。

強制疎開させられた家の解体作業は数日続いた。
そして食卓番がまた敏夫に回って来た。
「今日は会えるかな」
石本の方がはしゃいでいる。
「名前を伝えとけ」
とうるさい。
それで無くとも敏夫の方がドキドキしているのに
「意識しているのは敏夫の方だろ」
すでに見透かされている。

軍需工場の炊事場に着くと良江はいた。
敏夫は見た。
良江だけ見た。
良江も敏夫を見ていた。
こう言う事では女の子の方が度胸があるらしい。
良江はツカツカと歩み寄り
「特攻行くんですか」
とささやいた。
今はどかれんだが、明日はどうなるかわからない。
何れは特攻隊員として行く事は心に決めていた。
「これお守りです。受け取ってください」
良江はお守りを差し出した。
「ご武運をお祈りしています」
敏夫は海軍式の敬礼するのがやっとだった。
「佐々木一飛です。ありがたく受け取らせて頂きます」

食缶を受け取り足早に出て行った。
自分でも頭に血が上っているのはわかった。
異性から物を貰うのは初めてだった。
後から石本が追いつこうと駆けてくる。
今まで母の仇を撃つ為の海軍に良江を米軍から守るの
も加わった。

○伏龍訓練開始

 噂と言う物は何処から伝わるのか、伏龍の訓練が始まるらしい。
装備が揃ったらしい。
隊に緊張と不安が走る。
いよいよ実戦にそなえた訓練が始まる。
長かったどかれんも終わる。

沖縄は陥落し、本土への空襲も激しさを増すばかり、
本土決戦は現実に目の前に迫っていると誰の目にも明らかだった。

伏龍特別攻撃隊の隊員が集められた。
中隊長の原田中尉と海軍工作学校技官の村岡が隊員の前に立った。
緊張が隊員に走った。

原田中尉は潜水服の説明を始めた。
「潜水服はゴム製上衣とズボンに分かれている。まずこれを着用する。次に潜水兜と上衣を4本のボルトで接続する。次に鉛の入った潜水靴を履く、腹部には9`の重しを巻く、背中に150`気圧の酸素ボンベ2本と清浄缶を背負う」
7月下旬の夏の太陽が容赦なく照りつける。
この暑さの中この潜水服を着るのだ。
まだ海に入る段階ではない。
原田は続く
「これで深度5m潜水し、敵の上陸船艇にこの5式撃雷通称棒機雷を突き上げて撃沈する。この潜水器は運動性極めて大きく隠密性あり、必ずや大きな戦果間違いなし」
続いて村岡がしゃべった。
「これは酸素弁を自分で調整しなければなりません。片手には棒機雷を持つわけですから、片手で調整して貰います。そして必ず守ってもらうのは呼吸法です。必ず鼻から吸って口から吐いてください。二酸化炭素を除去する吸収缶は航空機や潜水艦用を使っていますが、呼吸法を間違えると二酸化炭素中毒起きます。それから特に注意するのは潜水兜と上衣を接続するボルトがゆるいと海水が入り、潜水時の圧力や外傷で缶が壊れると苛性ソーダーと海水が化学反応を起こし、潜水服内で沸騰します」
どうせ機雷もろとも敵艦と死ぬのは良いが、沸騰した海水で死ぬのは御免だと誰もが思った。
「人間の煮物でありますか」
皆は笑うが原田はニコリともせず、
「そうだ、胃と腸を焼かれて死ぬ、お前達の命は俺が預かった。無駄死にだけはするな死ぬならお国の為に死ね!死ぬ理由の為に死ね!飛行機も燃料も無い今、肉弾で敵を撃つしか方法は無い。国民も竹やり訓練で敵の上陸に備えている。一人一撃この精神で大和魂を見せてやれ」

 原田は学徒出陣で根っからの職業軍人では無かった。
本当の職業軍人ならこれはばかげた作戦だと思うはずだ。
軍人らしく戦いたいと第一作戦は一列10人が2,3m離れたて待ち伏せするが、1人の機雷が爆発するとその衝撃波で友軍にも被害が出る。
この作戦とも戦術とも言えない伏龍特別攻撃隊の中隊長に原田が選ばれたのは必然だったかもしれない。
中隊長の原田自身見た事も聞いた事も無い兵器の部隊を任されているのだから

 村岡大尉の引越しの手伝いを敏夫は命じられた。
川棚海軍工廠に転任して来た。
下宿先は薬屋の二階だった。
村岡は本を見ている。
荷物も本がばかりだ。
「大尉これは何処に置くのでありますか」
「そう硬くなりなさるな、僕は文官で武官じゃないから軍隊式は苦手です」
「そう言われても」
村岡の机の上にイルカの写真があった。
バンドウイルカだった。
敏夫の視線に気づくと
「この辺にはイルカ多いそうだけどイルカ見た事あるかい」
「イルカは沢山いるはずです。自分は漁師の家でしたから」
「君は漁師だったの」
「家がであります」
「イルカって美味しいのかい」
「イルカはまずくって食べられないであります。食べるのでありますか」
「食べない 食べない、少し実験の課題を貰ってね、伏龍の調整かたわらにね、後は軍事機密、機密って程機密じゃないけど、軍の命令でね、やれと言ったらやらなくならない軍隊ってね」

その時
「お茶が入りました」と若い女の声がした。
振り向くと良江だった。
良江は敏夫に気づくとはち切れそうな笑顔を見せ、場の空気が一瞬に変わった。
「おやおやお知り合いですか?ゆっくりしていけば良い。僕は散歩でもしますから」
村岡は席を立った。
急に気まずくなる二人
「あの」
二人同時に声を出し、同時に笑う
「ご出身は」
「南です。浜で育ちました。ここも海があって好きです」
好きと言う言葉が妙に意識に上がった。
「好きと言うのは、あのその」
しどろもどろが可笑しい良江
「良江 良江」
下から良江の母の声がした。
良江は返事をして立った。
階段を降りようとする時に振り向き
「また遊びに来てくださいね」
言った本人が恥ずかしいのか、足早に階段を降りて行った。
敏夫はうれしくなりひっくり返ってみた。

○ひと時の恋

伏龍の訓練は本格的になった。
地上での潜水服着用訓練、操作法、呼吸法、
一列10人3m間隔を取り、5mの竹竿に機雷を見立てた箱を付け船に当てる。
人間の命を粗末にする為の訓練だった。

 8月正式に伏龍特別攻撃隊が編成された。
アメリカの日本本土上陸は9月だと噂されていた。

厳しい訓練の合間にも外出許可は出された。
「出撃する前に母さんにこの七つボタンを見せたい」
と石本は言った。
誰も内心そう思っていた。
一目だけでも母や家族に別れを告げたい。
だが故郷には帰れない。
その前に本土への空襲で家族は無事なのか気がかりだった。
東京は3月空襲で丸焼けになったと言われている。
他の都市にも連日B29が飛来していると言う。
予科練の敏夫達の2つ前の14期生さえ練習飛行機がなく敏夫達と一緒に伏龍の訓練を受けていた。
16期生が空を飛びB29を相手に戦えるはずは無かった。

 外出は川棚町内だけだった。
何時も良江の家の薬屋へ寄った。
行く時は仲間と一緒だ。
良江の母の君子は何時も敏夫達を我が子の様に歓迎してくれた。
君子の年は40を過ぎているだろうか、良江と同じ色白でぎすぎすした所が無く、おだやかな感じの人だった。
今では良江が目当てなのか君子が目当てなのかわからない。
良江が居なくても楽しかった。
村岡が軍のお菓子を回すのか世間で手に入り難かったお菓子が何時もあった。
「やっぱり大尉さんとなると景気が良いわ」
君子は言う。
「皆自分の家に居る様にやってね」

皆その言葉に甘えている。
戦時を忘れた一時、
そんな時にも空襲警報は鳴る。

狙いは佐世保か長崎だから通過するだけだが、帰りに
余った爆弾を落とす事はある。
空襲警報がなったらとりあえず、防空壕に走る。

空襲警報が鳴った。
皆席を立った。
敏夫は良江を見る。
良江も敏夫を見る。
周りの人に気づかれ無い様に手を握る。
それが二人の約束だった。
恋を感じる時だった。

 二人が手をつないで所を見ている人間がいた。
隊の飛行兵長だった。

宿舎に帰ると兵長は敏夫達を並ばせた。
「この中で戦時にもかかわらず、女とイチャイチャしている者がいる。心当たりがある者は一歩前へ出よ」
誰も出ない。
「ほほお、ウソをつくとはいい度胸だ。佐々木一飛前へ」
横目で敏夫を見る整列者達、全体責任か思いはふくらむ。
一歩前へ出る敏夫、直立不動
なめる様に敏夫を見る兵長
いきなり敏夫の腹に一発バッターで突く、後ろに回っ
てバッターで尻を殴る。
倒れる敏夫
「色男さんはこんなの痛くもかゆくも無いだろう」
直立不動の姿勢に直す敏夫
「二度と女に会えない顔にしてやろうか、歯を喰いしばれ」
兵長は殴る。殴る。殴る。
自分の手が痛くなった。
「お前ら俺の代わりに殴れ」
全員が敏夫を殴った。

洗面所で顔を冷やす敏夫、痛々しい程だ。
石本が近づく
「酷い事しやがる。兵長女にもてないから、ひがんでるに決まってる」
いたずら心で敏夫の顔を指で突く石本
「イタッ」
「これは俺の持てないひがみの分」

○死の訓練

 次の日原田中尉は敏夫の顔に気づきはしたが、なにも言わなかった。
今日から実際に海中での訓練が始まるので、頭が一杯なのだろう。
「今日から海中訓練を行う。地上での訓練の成果を見せてもらおう」

敏夫達10人は一列に並び装備を身につけた。
最初の列の10人が潜る。
装備着用を手伝う者が兜のボルトを締める。
敏夫の列には石本もいた。
そして兵長もいた。
ズボン、上衣、錘の入った靴、ボンベ2本、腹にも錘を巻く、敏夫の頭は鼻から吸って口から吐く、鼻から吸って口から吐くを繰り返していた。

「ボルト締め終わり」と次々に声が上がる。
「装備完了確認」
が響く
装備の着用が終わると手に5mの竹竿を持たされた。
命綱を伝って海底に着く
そのまま1時間待機だった。
海底は静かだったが、ほとんどが海中に潜るのは初めての経験だった。
各自3m間隔で並ぶ、
事故の用心の為に素潜りの隊員数名がふんどし一丁で見守り陸との連絡と異常が起きれば救助する役目を担っている。
「鼻から吸って口から吐く」
沈黙と緊張の中、その言葉で気持ちを落ち着かせる。
敏夫から見て、一番端に兵長、その隣に石本がいた。
素潜りなら敏夫の得意だったが、装備をつけての海中は運動量が多ければ体内から吐き出す二酸化炭素が多くなり、調整弁を絶えず調整しなければならない。
酸素と二酸化炭素の割合が難しかった。
人は緊張すると呼吸が多くなる。
この事も問題であった。
パニックが一番怖い。

小1時間も近づき隊員の緊張はピークに近かった。
全て初めての体験であった。
その時動く物を見た。
それは敏夫達に近づいて来た。
ものすごい速さで、
訓練中の隊員目掛けて近づいて来た。
敏夫にはそれがイルカだと直ぐにわかった。
だが石本にはサメに見えた。
石本はパニックに落ちた。
もがき苦しんだ。
空気弁の調整をも忘れ海面に上がろうとする。
だが錘のついた身体は直ぐには浮かび上がらない。
苦しくてもがく、隣りの兵長をも払い退けようと突き倒す。
兵長は石本に押されコンクリートの壁で兜と吸入缶を損傷させた。
兵長は苛性ソーダーと海水の化学反応で沸騰した潜水服の中で死んだ。
石本も二酸化炭素中毒で死んだ。
初日の訓練で4人が死んだ。
人が死んでも訓練は終わらない。

○終戦

 訓練は続けられた。
人が死のうとここでは関係ない。
上から言われた命令を忠実に処理するだけだ。

敏夫は村岡大尉の助手兼身の回りをする当番を命じられた。
埠頭に漁船が泊まっていた。
漁船がここに泊まるのは珍しい。
村岡が漁師と話しているみたいだった。
やがて漁船からクレーンで網に入ったイルカが吊り上げられた。
軍とイルカの関係は敏夫にはわからない。
これまでのイルカとの縁が興味を持たせた位だった。

湾内に作られた生簀に移されたイルカは元気に泳ぎだした。
イルカに餌の鰯をやる。
始めの内警戒していたイルカも次第に敏夫の手から餌を貰う様になった。
イルカに名前をつけた。
「ゴン」
と呼ぶと敏夫に近づく様になった。
一緒に泳ぐ様になって愛着も出始めた。
「だいぶなついてきましたね、そろそろ調教に入りますか」
「どうするでありますか?」
「軍の命令でイルカに機雷をつけて船に体当たりさせる。イルカ特攻隊だな、人間が死ぬより良いか」
「イルカ特攻でありますか?」
「イルカにつける機雷は開発した。後は体当たりさせるだけだ」
人間だけでなくイルカまでも戦争に借り出させる。
軍とは命を何とも思っていない所だ。
敏夫は日本が戦争に勝とは思わなくなってきた。
「イルカに艦がわかれば良いんだけどね、空母とか戦艦とか、それは無理だと思うけどやれと言ったらやるのが」
「軍隊であります」
「君だから言うけどこの戦争負ける。広島に新型爆弾が落ちたらしい。広島の街は一瞬で壊滅したらしい」

その時対岸の空が光った。
二人が見ると長崎の方向で巨大なキノコ雲がわいていた。
時刻は昭和20年8月9日11時2分だった。
「終わった」
科学者の村岡にはそれが新型爆弾だとわかった。
「生き延びろ 無駄死にするな」
そう敏夫に諭した。

昭和20年8月15日部隊には朝から待機命令が降りていた。
正午に天皇陛下の玉音放送が流れた。
戦争が終わった。
日本は負けた。

もう戦争は嫌だ。
故郷に帰ろう。
石本と藤川の家族に死んだ時の様子を伝えよう。
それが今の敏夫の役目だと思った。

帰る前にイルカのゴンを逃がしてやろうと思った。



■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1877