【42】 黒く渦巻く闇の中、何かの恐怖に追われ必死に逃げている。 その見えない恐怖は僕を追い続ける、そしていつしか僕はその恐怖に飲み込まれた。 何も無いこの世界で恐怖に支配された僕の心は次第に冷たく凍りついていった。 (ここで僕は死ぬのか?) 遠くから海の風と一緒に波の音が聞こえる、そして暗かった闇を祓う様に僕の胸元に白い少女が飛び込んで来た。 優しく微笑むその少女は、凍りついた僕の心に温もりを与える。 (ゆ・う・こ?) そっと目を開ける、カーテンの隙間からの日差しが眩しい。 僕の側にはいつもの様に彼女が椅子に腰を掛け、優しく僕を見守ってくれていた。 「目が覚めた俊夫?、今日も良いお天気よ。」 彼女は僕がリハビリ施設に入所してからも、ずっと側についていてくれる。 そして僕の身の回りの事をしては、「本人のためにならないですから」と看護婦さんに注意されていた。 僕の記憶は相変わらずのままだが、彼女のお陰で色んな事が学習出来た。 「もし記憶がこのまま戻らないのであれば私はそれでも良い、でも以前の様にまた一緒に夕暮れの海を見たい。」 彼女は言った。 そんな彼女の期待に応える為にも、僕はリハビリに勢を出した。 身体の方は筋力の低下はあるものの以前の様な手足の痺れは幾分か治まり、どうにか歩行器を使い歩ける様にはなった。 食堂で朝食を済ませた後ニュースを観るのが日課となっている僕は、自室へと戻りテレビのスイッチを点けた。 「・・・開発局NAZAは今年中に家庭用ロボ『マーキュリー』の販売に踏み切りました。 『マーキュリー』は学習型の人工頭脳を持ち、人間の言葉を理解するだけに限らず会話も可能です。 ある程度の家事もこなせる事から、幅広い範囲で活用される事が予想されます。 価格は消費者希望価格に合わせ、一体1500万円・・・・」パチン! 彼女は突然テレビのスイッチを消すとリハビリに行くよう僕を誘った、僕は彼女に手を引かれるままリハビリ室へと向かった。 「身体に負担が残らない様に毎日継続してリハビリを行う様に」とのPT(理学療法士)さんの指示を僕は今日も無視し、筋力の限界まで身体を動かした。 それは早く復帰し彼女の期待に一刻も早く応えたいのと、僕の中の彼女に対する想いが日々強くなり頑張っている姿を見せたいからである。 「俊夫今日も頑張ったね、お疲れ様♪」 終わった後の彼女からのこの言葉を聞く度に、僕の疲れた身体は癒された。 「ねえ俊夫、また前みたいに優子って呼んで。」 僕の気持ちの中ではそこまで踏み込めずにいた領域を彼女の方からエスコートしてくれた。 彼女は以前の僕との関係を強く望んでいる。 以前の自分が彼女の事をどう思っていたのかは知らないが、少なくも今僕は彼女の事を愛している。 「優子、有難う。」 涙ぐみながら笑顔を見せる彼女に僕は、過去より今を大事に生きたいと思う様になっていた。 続く
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