13歳の誕生日を迎えた少女、メリーラ・サラ・ルサフォードは、青いよそゆきの服を着て、若葉に萌える6月のポプラ並木を馬車に揺られて、通り過ぎていた。初夏のポプラは下から見上げると、星が無数に集まって光をこぼしているように見える。金や銀の光が、ポプラの丸い葉の奥深くにひそんでいた。くもり空の時は、まぶしい光に変わって渦を巻く黒い風が、重たそうに木をとりまく。しかし今は、見たところポプラは元気で、緑の鈴のようだった。ポプラの長い並木道を抜けると、美しいルサフォード邸が、木々の間にちらちらと見えてくる。馬車は、緩やかなカーブを右に折れたところで、止まった。メリーラは馬車から降り、懐かしの我が家との再会を喜んだ。 メリーラは5月の休暇を利用して1ヶ月間“海辺の家”で滞在し、6月初めの今日、帰ってきたのだった。玄関の扉を思いきり力を入れて押し開けると、家中に響く大声で、メリーラは皆の名を呼んだ。 「お母さん!ローラ!おばあちゃん!プラムガール!ただいま、帰ったわ!」 呼ばれた者皆が、玄関に集まった。子猫のプラムガールはメリーラの祖母、スウィーばあやが抱いてきた。ばあやがメリーラの荷物を抱え込んで、言った。 「重かったろう、メリー?あんたの部屋に置いとくからね、とりあえず。さ、こっち来て何かお食べ。苺をつぶしてケーキを作っておいたから、少し休んだら台所においで。一緒に食べようよ。」 その日は疲れなど感じず、メリーラは最もしあわせな、気持ちの良い眠りを味わった。今日の“出会い”は家族との再会。けれど、もっと素敵な出会いが、メリーラを待ち受けているのだった。
メリーラの部屋の窓は朝日がさしこむ東向きなので、今日も光をまぶたに感じて目が覚めた。海辺の家では海へ沈む夕日ばかり眺めていたから、久しぶりに眺める朝日は懐かしく、心地良かった。これは、朝日との再会。
地図には載っていない、メリーラの住む小さな小さな島、ブルーリバーアイランド。別名は「ライラックの島」であるほど、島はライラックであふれている。この島に住む住民は皆、勉学にはあまり重点をおいていない。それゆえ、メリーラの通う学校でも、6月は雨のため休暇となっている。5月、6月は休暇で、あとは8月の夏期休暇、12月と1月の冬期休暇、3月の春の休暇などがあり、残りの月はもちろん学校へ行くのだが、いつもほとんど同じ授業の繰り返しなので、行くのも行かないのも個人の自由だ。 メリーラは起きて服を着ると、うっすらとしたピンクの朝もやの中を、正午近くまで散歩することに決めた。手には、スウィーばあやの手作りの朝食をつめたバスケットをさげていた。スウィーばあやはいつもメリーラには親切で、優しかった。メリーラもまた、ばあやの手伝いをするのが好きだった。 森への道は、朝もやがひどくて見通しが悪いのでやめ、反対の丘の方へ、足を向けた。居心地のよさそうな小山を見つけ、草の上に座って、ひざの上にバスケットの中のサンドイッチを取り出した。メリーラの好きなすもものジャムや、卵、ハチミツのサンドイッチも入っていた。さくら色の魔法瓶には、冷たいミルクがたっぷり入っているし、大きなつるんとしたナッツやアーモンドも、少し入っていた。スウィーばあやがとてもたくさんつめてくれていたので一度には食べきれず、半分以上残して、湖の方へ移動した。ブルーリバーアイランドの人たちの間で“アイリスの水がめ”と呼ばれているこの湖は、青く静かな水をたたえ、周囲には清らかなアイリスの花が咲き乱れていた。うすもやの効果で、いつになく神秘的な魅力を帯びていた。ぼんやりしていたせいか、ふと後ろから声をかけられて振り向いた時も、メリーラはあまり驚かなかった。まるで夢の中にいるようだった。声は、メリーラを初めて呼んだとき、こう言った。 「妖精さん?」 振り向くと、同い年ぐらいの少女が、にっこり笑ってこちらを見ていた。思わずメリーラの口から飛び出した言葉は、滑稽でもあり、ロマンチックでもあった。 「なあに?もうひとりの妖精さん。」 こんな対話の後では、何を言っても似つかわしくないように思えた。二人はそれをよく分かっていて、湖を眺めながらしばらく沈黙した。落ち着かない沈黙ではなく、むしろ、幸福感を含んだ静けさだった。先ほどの対話の記憶が薄れてきた頃、ようやくメリーラから口を開いた。 「あなたも、朝のお散歩?」 メリーラの問いかけに答えるまで、その少女は少し間を取ったが、その顔は喜びにあふれていた。 「そうよ。私はルーフェ。正確に言うと、ルーフェ・ローザ・レイン。でも、ルーでいいわ、そう呼んで。あなたは?妖精さん。」 「あたしは妖精じゃないわ。羽根がないし、空も飛べないわ。ただ、空を飛ぶ夢をたくさん見るわ。楽しいのよ、泳ぐような感じで進んでゆくの。あたしの名前は、メリーラ・サラ・ルサフォード。あなたの名前ほど、素敵な響きじゃないけれど。あたしを呼ぶときは‥‥そうね、メリーか、リーラか、縮めてリラか、サラでもいいのよ。好きな風に呼んでちょうだい。ルー、あなたはまるでスミレみたいね。雰囲気が優しくて、上品な感じだもの。いつもそういう、淡い赤スミレ色の服を着てるの?」 「いやね、今日だけよ。」 「でも、どうして?よそゆきの服みたいな光沢だわ。とっておきの服じゃないの?」 また、数秒沈黙しているルー。 「何か‥‥特別なことが起こるっていう気がしたの。今朝起きた瞬間に。頭の中に光が走ったように、ひらめいたのよ。大げさかもしれないけど、今日は運命の日だわ。」 メリーラはうなずいて、同意を示した。 「なぜ、さっきからあなたに自然に接しているのか、不思議だったの。あなたのこと、前からの友達みたいに感じるわ。すごく不思議なことね?お願い、お昼までここで一緒におしゃべりしない?もやも晴れたし、森へ行ってもいいわ。あたし達、仲良しになりましょうよ。」 「私もそうしたいわ、メリー。」 二人はまず、海へと足を向けた。オランダガラシで縁取られた小川を伝って歩いて行くと、海が見えてくる。潮風にたなびくルーの金髪は、なんてさらさらして気持ち良いのだろうと、メリーラは思った。私もあんな髪だったらいいのに。メリーラの髪は、とび色に似た栗色だった。しかし朝のほのかな陽光が海から反射して、メリーラの髪をとてもみずみずしく、つややかに輝かせていた。 「座りましょう。」 二人は昼顔の群生する砂浜に、腰をおろした。そして、昼顔が花開く正午近くまで、とりつかれたようにおしゃべりして過ごし、お互いの住所を言い合って、別れた。 これが、今日最も大事な出会い、親友となるルーフェ・ローザ・レインとの出会いだった。メリーラは後々まで、この日の朝の散歩のことを忘れなかった。
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