20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ねぶの詩集3 作者:ねぶ

第43回   『コロコロ転がる10円ハート』
              『コロコロ転がる10円ハート』

 太陽が汗を拭うような夏の暑い盛りでも、駄菓子屋は子どもたちの社交場。放課後になれば、甘い蜜に群がるアリのように、子どもたちが集まってくる。ヒロくんは明日の勝負のためのメンコを買い、トモくんは大好きなサッカーカードを見つめていた。僕はなけなしの170円を握り締めながら、週刊少年ジャンプをお店に運んでくるトラックを今か今かと待っていた。誰かが「早く読みたいなら、問屋まで買いに行けばいいのに」と言ったけれど、そんなのはズルいと思った。

 遅れてやってきた弟が店の中に入ってくるときに、不注意にも後ろにいた少女にぶつかってしまった。少女が右の掌ににぎっていた10円玉はこぼれおちて、コロコロ転がってお店の棚のすみっこへ行ってしまった。隙間にがんばって腕をねじ込んでみたが、少女の細くも長くもない腕では届かなかった。少女は左の掌に握っている10円と合わせて、チュウチュウアイスを買うつもりだったようだ。僕は幼心から仏心を出して、10円を少女に握らせた。名前も知らない少女。今ではその顔も思い出せない。

 どこかへ行ってしまった10円。その年作られたばかりのピカピカの10円玉。何事もなければやがて年末の大掃除の際にでも、綿ごみまみれでお店のおばちゃんに発見されるはずだった。しかし、おばちゃんの話では、その後に地震があったから、ほんの数日で目の届くところに出てきたらしい。そして何事もなく、ピカピカだけど単なる10円玉はお店のレジスターの中へと収まった。それは子どもたちの買い物のお釣として使われる。子どもたちの手に渡った後は次はどこ?その次はどこ?そのあとは?

 確か……あの10円は昭和64年製だったように覚えている。そして今、僕の目の前にある10円玉も昭和64年製。祖父の遺品であるコインの中に混じっていたものだ。もちろん当時、駄菓子屋の中で見かけたものと同一のはずはない。ただ、ふとこの10円玉の経路が気になった。20年ほどの間にこの10円玉はどれだけの人の手に触れたのだろう?子どもの頃に見た10円玉はピカピカに輝いていたのに、今の前にあるそれはこげ茶色で、見事なまでに酸化している。

 10円玉なら酢やウスターソースにでもつければ、酸化還元反応でピカピカになる。けれども僕の気持ちはどうしてもピカピカになりはしない。目の前の10円玉を真っ白な雑巾でひたすらにこすりながら、そんな考えに引き込まれそうになる。その一方でピカピカだろうが、手垢にまみれていようが10円はあくまでも10円であり、その価値が失われたりはしない。そんなことをしたり顔でつぶやいてしまいたくなる僕がいる。目をつむるとメトロノームのカチカチ音が耳障りに響きわたる。まぶたの裏に浮かび上がるピカ十がどうしようもなくまぶしいんだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 47146