「パパっ」
未来の声で僕は目を覚ました。小さな未来を膝に抱き、さくらの木にもたれ、春のあたたかい日差しのせいか、すっかり眠っていたようだ。
「いつまで寝てるの〜!!」 「ごめんごめん」
未来は僕が起きるのをずっと待っていたかのようにふくれたが、ほっぺには僕に抱きしめられたまま寝ていたせいか、服のしわの跡がついていた。容姿は千鶴の子どもの頃の写真にそっくりなのに、性格は僕に似たようだ。千鶴は僕が寝ていても決して起こさなかった。むしろ僕の寝息を聞いてると心地良いなどと言っていた。僕は彼女のそばにいれば安心して眠れていた。でも彼女は違った。彼女は視力を失ってから、眠ることが嫌いだと言っていた。
「パパ?早く帰らないとお日様沈んじゃうよ」 「ああ、そうだな…夕飯も買わなきゃダメだし…」 「未来、コロッケがいい!!」 「よし!!じゃあ今日は未来の大好きなまーくんのコロッケだ!!」
まーくんのコロッケというのは近所のスーパーでやってるコロッケ屋まーくんのことだ。色んな種類のコロッケや揚げ物が売っていて、特に肉じゃががタネになっているコロッケが未来の大好物だった。
「やったぁ」
未来は僕の手を強く握って足を浮かした。未来は僕の腕に捕まって、ブランコのようにしてもらうのが大好きだった。
千鶴は…未来の顔も性格も好物も好きなことも…何一つわからないまま逝った。
せめて目が見えていたら、彼女は顔だけでも見れたのに。
スーパーから家までは5分の距離。片手にスーパーで買った総菜が入った袋、もう片方の手は未来の手を握っていた。未来の手にはコロッケの入った袋がしっかりと握られていた。 マンションに着くとなつかしい人がそこにいた。
「聡春??」 「久しぶりだな、辰巳」
僕が千鶴に恋してる姿を一番そばで見ていたふたりの親友。聡春と武。このふたりともここ2・3年ほとんど会うこともなかった。でも今、目の前に聡春がいる。
「お前…どうしたんだよ!急に」 「悪いな、連絡もなしに来て。一応電話したんだけど、出なかったから」 「あ〜」
急に叫ぶ未来に僕も聡春も驚く。
「何??どうした?未来」 「ごめんなさーい。パパがお昼寝してる時、携帯なってたの…言うの忘れてたぁ」 「そんなことか…いいよ」 「大きくなったなぁ、未来ちゃん。お兄さんのこと覚えてる?」
聡春はやさしく未来の頭に手を置いた。
「ん〜わかんない、だぁれ?パパ」 「パパの友達だよ。 まぁ上がれよ。何か話があって来たんだろ?」 「ああ、ビックニュース…とお前が喜ぶもん持ってきた」
そう言うと聡春は未来を抱き上げた。
「きゃあぁ」
未来は一瞬驚いたようだが、すぐに聡春に懐いて、うれしそうにはしゃいでいた。
部屋に着くと買ってきたものをテーブルに並べ、朝、多めに作って冷蔵庫に入れておいたおにぎりをレンジで温めて出した。
「悪いな、こんなもんしかないけど」 「いや、こっちこそ、悪いな、夕飯まで…」 「あっそうだ、コレ」
聡春はそういうと手に持っていた紙袋を差し出した。中に入ってたのは、おいしいと有名なシュークリームだった。
「サンキュー、未来!!デザートはシュークリームだぞぉ。お礼いいな」 「はぁい!!ありがとぉ!!」 「どういたしまして」
僕たちは未来を中心に話をした。結局未来が疲れて眠りこけるまで、聡春は本題を話さなかった。
「で、そろそろ何で来たか言えよ」 「ああ、そうだな…」 「俺、結婚することになった」
「本気で?良かったなぁ〜!!相手はどんな子なんだよ」 「取引先の会社の子なんだよ」 「そっかー、ついにお前も結婚かぁ」 「ああ、子どもができたからな」
一瞬、聡春に暗い影が見えた気がした。
「なんだよ?結婚したくないのか?」 「そうじゃないよ…彼女とは真面目に将来のことを考えて付き合ってた」 「じゃあいいじゃないか?何が問題だよ」
聡春は僕を寂しそうな目でみた。
「辰巳、千鶴ちゃんと結婚して後悔しなかったか?」 「…何言い出すかと思えば、当たり前だろ?それに僕たちはできちゃった婚じゃなかったし」 「こんなこと言いたくないけど…でももうあの子はいないじゃないか」
聡春の言葉が痛く胸にささる。
「そうだな…でも千鶴がいたから、あの頃の僕は幸せだった。千鶴と結婚したから、未来が今いる」 「でも…子どもを産まなきゃ千鶴ちゃんは…」 「やめてくれ!!」
「その言葉だけは言わないでくれ」
その言葉で未来を傷つけたくないから? いや、違う 傷つくのは僕だ 千鶴の体よりも 子どもの命を選んだ
僕…
「…悪い…」 「何を悩んでるのか知らないけど、彼女のこと愛してるなら、お前なら立派な父親になれるよ」
聡春はすまなそうに僕を見た後、ごめんと呟いた。
「そうだ…これ」
差し出されたのは一冊のアルバムだった。受け取り、ページをめくるとそこには高校二年の時に武と仲間とした聡春のサプライズパーティーの写真が入れられていた。
「これ…」 「覚えてるか?この時、お前初めて千鶴ちゃんをみんなの前に連れて来たんだよ」
そうだ。僕はページを一枚一枚もめくり、千鶴を捜した。
「周りにいた全員が、お前の変化に気づいてたのにさ、お前だけ、千鶴は俺の大切な友達だから、彼氏に立候補したいヤツはまずは履歴書持って来い!!とかわけわかんないこと言い出して」 「そう言えば、言った言った」
僕は千鶴の写ってる写真を見つけると、指先で写真をなぞった。
「たしか…聡春に言ったよな〜お前が一番信頼できそうだって」 「そうだよ!あの時、こいつここまでバカだったっけ?って思ったんだよ」 「ほんとだよな〜自分の好きな女のためにイイオトコ探すなんてなぁ」 「千鶴ちゃん…楽しそうだろ?」 「ああ」
そこに写ってたのは千鶴と中学から仲の良かった女子と仲間の彼女。その中には千鶴と同じ年の子もいた。何枚かの写真の端に千鶴が楽しそうにしゃべってる姿も写っていた。
「お前、あん時カメラ持ってくるの忘れてただろ?もうすぐ彼女と広めのマンションに引っ越すから、その準備してたら見つけたんだよ」 「そっか…そういえば…付き合う前の千鶴の写真ってほとんどないんだよなー。出会う前の昔のアルバムならあるんだけど…」 「それ、やるよ」 「え?」 「お前は…多分これから先も千鶴ちゃんが一番なんだろ?」 「そうだな…きっと」 「いや、絶対かな?」
僕と聡春は笑い合った。聡春が帰った後、僕はひとりでアルバムを見て浸っていた。
|
|