次の日、学校に行くなり生活指導の顧問に捕まった。柔道部の顧問でなぜかいつも深緑のジャージを着ていたため、あだ名はよもぎ。僕はとにかくこいつが苦手だった。
「よく来たなぁ、大野。もぉ来ないかと思ったぞ」
無理矢理肩を組まれ、引きずられる。
「うるせ〜な、来たんだからいいだろ」 「教師に向かってうるせ〜だと?だいたいお前この髪は何だ!」 「地毛っすよ?」 「お前の地毛はオレンジかっ」 「茶色なんだけど」 「同じだ「それより!」 「よもぎさぁ、坂窓先生って知ってる?」 「坂窓先生はお前の担当じゃないだろ」 「ほんとにいたんだ…で?何組」 「一のCだよ」 「一年かぁ、そりゃわかんねぇはずだわ」 「なんでそんなこと聞くんや?」 「んなの秘密だって。その先生に用があんだよ」 「何の用や」
明らかに勘ぐるよもぎに一瞬どう答えるか迷った。
「いや、まぁそこはプライベートな問題なんで」 「あほか!お前は!」 「まぁいいからさ、行っていい?」 「何言うとんねん!お前はこれから校長室行きや!」 「はぁ〜たまに来てやったらこれかよ!」 「それはお前の日頃の行いの悪さのせいやろ、ほら行くで」
抵抗むなしくよもぎに引きづられ校長室まで行くことなった。 その途中、クラスメイトの佐島に声をかけられた。
「あれ?たっちゃん!来とったん?」 「お〜佐島じゃん、はよ」 「どこ連れてかれるんー?」 「ちょっとな〜」 「真理子が連絡ないって怒ってたで」 「マジで?フォロー頼むわ」 「ええけど、高くつくで」 「金とんのかよ!!」 「何しゃべっとる!はよ来い!」 「いててててて、よもぎ、マジ髪はやめて…禿げたらどーしてくれんの」 「じゃあ、たっちゃん頑張れよ〜」
佐島は巻き込まれまいとそそくさと立ち去った。友達甲斐のない奴だ。校長室で説教なんて今時はやんないと思うけど、うちの学校では何か問題起こした奴は決まって校長室行きだった。ただ校長が人格者で、頭ごなしに切れるんじゃなく、俺たちの話をよく聞いてくれた。だから仲には学校に来ても授業に出ず、ほとんど校長室で過ごすような奴もいる。世間や周りから冷たくされている奴らにとって校長室は説教部屋というよりもむしろ人生相談室だった。まぁ、僕はそうではなかった。僕にはたいした問題なんてなかった。家庭も普通だし、不良というほど荒れてないし、ただ何にも大した関心が持てない無気力な人間だったってだけだ。そういう人間を教師は特に嫌った。まぁそうだろう。優等生なら期待できる。不良ならたたき直せる。普通の生徒なら一番やりやすい。学校に行かない、説教しても動じない、退学ほどの問題を起こすワケでもない。ある意味一番面倒な人間だ。対処の仕様がないんだから。だから僕の場合は面倒だから校長室に放り込めばいいと思われてたみたいだ。
「おっ君かぁ〜久しぶりだなぁ」 「どぉも…俺は来たくなかったんですけど」 「ははは、まぁ座りなさい。教科書は?」 「勉強するんすか?」 「当たり前だろう、これでも元は数学と社会と英語の教師だったんだ」 「うっわ…どんだけやねん」 「好きでね、勉強が、資格もかなり取ったんだ」 「あっそうすか…でも教科書教室やと思うんすけど…」 「その鞄は?」 「あっこれは飾り」 即座に後ろに隠す。煙草にライターにピッチに…とにかく没収対象のものしか中には入ってなかった。 「まぁ〜いいだろう。どうだ?最近は?」 「どうって別に普通ですけど」 「普通かぁ?だいぶさぼってるみたいじゃないか」 「どぉせ来たって校長室に放り込まれるだけっすからね」 「じゃあ何で今日は来たんだ?」 「あっそう!用があるんすよ。坂窓先生に」 「坂窓くんに?」 「そうなんですよ。校長呼んでくれません?」 「何の用なんだ?」 「俺がじゃなくてまぁ…何つーか知り合いが坂窓先生を知ってるらしくて、元気かな〜みたいなこと言ってたから…」 「女か?」 「へっぃゃ…まぁ女っすけど…校長が女か?はないんじゃないっすか?」 「そうかぁ…君にもついに春が来た〜」 「いや…ついにって、彼女なら前から何人かいますよ」 「でも本気じゃないんだろ」 「そんなことないっすよ。それにその子は彼女とかじゃなくて…」 「どこで知り合ったんだ?」 「何の詮索ですか?」 「君は女の子のために人捜しするような柄じゃなかったと思うんだがなぁ」 「それは…まぁそうですね。柄じゃないけど力になれればいいと思ったんですよ」 「よし!そういうコトなら坂窓先生を呼んでやろう」
校長はそう言うと電話を取って、内線をかけた。
「さすが校長!教師の鏡!!」 「まだおだてるのは早いぞ。先生が来るまで君にはこれをやってもらうからな」
そう言うと校長は僕の前にどさりとプリントの山を置いた。
「…何すか、コレは」 「君が休んでいた間の分を取り戻すためのものだよ。 「コレ全部ですか?」 「もちろん!!何人かは君はもう落とすと言ったんだが説得してね、君が今月中にこれを全部提出して期末で平均以上取れば考え直してくれるらしい」 「落とすっても単位っしょ。どぉせ補講あるんだし、別にいいっすよ」 「補講になったって来ないだろ、君は!さっほら、やった」
校長に見張られ、結局昼休みまで休みナシでプリントをやるはめになった。
「校長…もうムリです。マジで腹減って死にそう」 「仕方がないなぁ…もうすぐ坂窓先生が来るっていうのに」 「へ?」
ガチャリ。 ドアを見るとそこには中年の太めの女性が立っていた。
「校長、ご用があるって聞いたんですけど」 「ああ、用があるのはこの子でね、大野辰巳だ」 「あら、あなたが大野くん?」 「えっあっはい、何で俺のこと」 「君のようなさぼり魔はつねに職員会議の話題に上るんだよ」
校長が冗談めかして言うと中年の女性は笑って、違う違うと言った。
「さっき千崎先生にあなたのこと知ってるか?って聞かれたのよ」 「あ〜よもぎか…それより!あのっ雪田千鶴ちゃんって知ってますか?」 「千鶴ちゃん?ええ。知ってるけど、どうして?」 「いや、俺最近知り合ったんすけど、なんか坂窓先生のこと聞かれて」 「あら、そうなの。前に養護学校に勤めていた時の生徒さんなのよ。美人でイイコでしょう。下の子の面倒もよく見てくれてたわ。元気かしら?」 「ああ、はい」 「でもどうして知り合ったの?」 「え〜っと…病院でたまたま」 「そうなの!仲良くしてあげてね?いつも強がってしまう子だから…心配してたの」 「あっはい、あの、良かったら今度会いに行ってあげてくれませんか?なんかすごい先生に会いたそうだったんで」
僕は彼女の寂しそうな顔を思い出して提案してみたが、さっきまでにこにこしていた先生の顔が曇ってしまった。
「会いたいけどね、千鶴ちゃんに約束させられてるのよ。自分が強くなって、自分の足で先生に会いに行けるようになるまで待っててくださいって」 「え…?」 「だから私は待つの。だからそれまであなたが代わりに会いに行ってあげてね」
胸の中に熱いモノがこみ上げてきた。何故かとてもうれしいようなせつないようなそんなわけのわからない気持ちがいっぱいに広がっていく。つばを飲み込み声を出した。
「もちろんですよ!」
校長は何故か隣で良く言った!と声を上げた。 僕はただ何故かほっとけなかった。それが恋だと気づくわけもなく、ただ妹を守る兄のような気になっていた。
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