休み時間になると僕は千鶴を捜しに職員室に行った。でもそこには千鶴も坂窓先生もいなかった。かわりにいたのはそう、あいつだった。
「おう、大野」 「げ、よもぎ…」 「なんだ?お前彼女を捜してんじゃないのか?」 「なんでお前が知ってんだっつーの」
僕は小声でつぶやいた。
「ほぉーどこにいるか教えてやろぉと思ったのになぁ」 「あーマジで!!お願いします!!!」 「校長室だよ」 「校長室?」
なんで千鶴が校長室にいるのか、僕にはすぐ検討がついた。
「校長!!」 ドアを開けると同時に僕は叫んだ。
「あ、辰巳?」
そこには校長とまったりお茶をしてる千鶴がいた。
「校長、何、人の彼女と茶ぁ飲んでんすか!!」 「坂窓先生は次の授業があるから、私が変わりに話し相手になってるんだよ」 「よく言いますよね。ヒマなだけのくせに」 「辰巳?!校長先生にそんな口聞いたらダメだよっ」 「いや、だって、この人本当に暇人なんだって。いつも授業さぼる生徒としゃべってるんだから」 「そうなの?そういえば、辰巳も最初は教室行けなくて校長室通いさせられてるって言ってたよね」 「いや、アレは、授業の遅れを取り戻すためであって、俺は何も悪いことしてないからな」 「本当に?怪しいなぁ」 「本当だって!!現に今はちゃんと教室で授業受けてるだろ」 「まぁまぁ、ふたりとも。いいじゃないか、そんなことは。大野も紅茶いるか?」 「え、あーじゃあ、いただきます」
校長は目の前に置いてあるティーポットから紅茶をカップに注ぐと千鶴の紅茶の隣に置いた。僕はどうも、と言って、千鶴の隣に座った。校長室にあるソファとテーブルはお世辞にも綺麗なものとは言えなかった。普通なら応接室としても使われるのかもしれないが、うちの学校では、校長室は生徒の相談室だったからか、使い古されてボロボロになっていた。テーブルの端にはラクガキまでされていた。勿論、ラクガキしたのは僕ではない。だから、この学校にはちゃんと別に応接室があって、校長室に生徒以外の客が来るなんてことはなかった。
「ソファ新しいの買わないんすか?」 「なんでだ?」 「だってボロボロじゃないすか。座り心地悪いし」 「それでいいんだよ。座り心地のいいソファだったら、生徒がここで寝てしまうだろ」 「ああ、そいうこと」 「そういえば、校長先生は素晴らしい方だってお聞きしました」 「ほう、ダレからだい?」
校長は僕の方を向いて、ニヤリと笑った。すぐさま、自分ではないと示すために僕は首を横に数回振った。
「坂窓先生です」
千鶴ははっきりとそう言うと、僕の方を指さした。
「辰巳のこと助けてくれたんですよね」 「は?何言ってるの?」
僕が聞いた質問に対して答えることなく、千鶴は続ける。
「学校の出席日数が少ない上に成績が赤点ばっかりで、本当だったら、留年か退学だったのに、校長先生が学年の先生方全員にお願いしてくれて、進級できたって」 「…え、ソレってあれ?去年の今頃の話?」 「ううん、二月だよ」 「は?俺だって、知らねぇよ。そんな話。何も言われてないし!」 「あーソレはなぁ、お前が最後の期末で、今年一年の平均を65以上にできたら進級させるってことになってたんだよ。大野に内緒でな」 「は?!つか何で内緒???!!てことは、もし期末の点数悪かったら、俺、自分の知らないところで留年決定だったわけ?」 「だから、期末の前の1ヶ月、強化特訓してやっただろう」 「…え、アレって中間悪かったから、やらされたんじゃねーの?つか他にもいたじゃん」 「だから、他の生徒も同じ状況だったんだよ。言うなよ」
校長は首をかしげて苦笑いをした。
「ちょっちょっと待って!!なんで、言わなかったわけ?留年って一大事じゃね?」 「留年だから勉強しろ、何点以上取れって言われたら、どう思う?」 「そりゃ、あせって勉強するよ」 「じゃ、お前は聞いてなかったのに、なんでちゃんと強化特訓に出て、勉強したんだ?」 「え?だって、それは…いや、確かに勉強してなかったし、やばいなーと思ってたし。俺、バカだから、教室で授業受けるのって苦痛だけど、でもまぁ、少人数だったら、イケるかなぁと思って…」 「他の生徒だって、そうだ。お前みたいに学校にたまにしか来ない、来たら来たで授業中は寝る。当てられてもドコのページを開いていいかさえわからない。お前達に必要なのは基礎からやることだったんだよ。理解してないのに、中間や期末テストに間に合わすために、どんどん先に進んで行くやり方じゃあ、お前達の頭には入らないと思ってな。だから、何も知らせず、基礎からの強化特訓をさしたんだ。言えば、あせって、テスト範囲にばっかこだわって、結局何も頭には残らない所だったよ」 「…なるほど、校長も案外考えてるんだ。でも俺、2年に上がってからは学校行ってましたけど」 「そうだなー、千鶴さんと会ってからだろ」 「うるさいな。そうだけど。それでも足りてなかった?」 「まぁ足りてないことはなかったが、お前は授業中に寝すぎなんだ。ノートも取ってないだろ!そのせいで先生方が欠席扱いにしてたんだよ」 「え!!!マジでっっ!!ヒドくね?」 「それは辰巳が悪いんでしょ?」
千鶴はふぅと溜息を吐いた。僕はあせって弁明しようとしたが、同時にチャイムが鳴った。
「大野。千鶴さんにはここにいてもらうからさっさと授業に戻りなさい」 「…わかりました。千鶴、お昼になったら来るから、それまで我慢しといてな」
僕は千鶴の肩に手を置いてそう言った。
「こら、大野。我慢とはなんだ」 「大丈夫。校長先生の話とってもおもしろいんだから。授業ちゃんと寝ないで受けて来てね」
千鶴はにこりと笑うと、僕の手をゆっくりと肩から下ろした。 僕はこの時、心の中で、校長のことを尊敬した。あの人は本当に生徒のことを考えてる大人なんだと思った。そして同時に自分自身が恥ずかしかった。ただ面倒だと思って、学校に行かなかった自分も、千鶴に言われて行き始めたくせに、結局何もしてなかった自分も。でも、千鶴が僕の手をやさしく両手で握ってくれたのが、なんだかとても楽な気持ちになった。彼女はただ単に離れるのを心配する僕を安心させるためにしたのかもしれないが、それでも、その何気ない行動に優しさを感じた。
|
|