自分の気持ちを認めてからも僕たちの関係は変化なく、時が過ぎていった。僕は彼女を大事だったから、絶対に失いたくなかったから、この気持ちを言葉にすることができなかった。もし、僕が彼女に好きと言えば、彼女も答えてくれるかもしれない。でも怖かった。彼女を手放さないために僕は彼女の誰よりも近い存在で在り続けようとしていた。
クリスマスも正月も僕たちは一緒に過ごした。イルミネーションが見ることができない彼女のために、千鶴の家族は毎年クリスマスコンサートに行っていた。その年は千鶴の父親が僕の分のチケットも取ってくれていた。だから、仲間で集まるのは辞めて、慣れないクラシックのコンサートにトライした。千鶴の家族とは初めて千鶴を家まで送って行った時に会っていた。母親も父親も僕のことを千鶴から聞いていたようで、とても好意的だった。正月は1日は千鶴の家に行って、ごちそうになったり、千鶴のお父さんの酒の相手に付き合わされたりで、3日にようやくふたりで近所の神社にお参りに行った。何でもない幸せがそんな風に春まで続いた。
そして僕は高校三年になっていた。 その日は午前だけの授業だったから学校が終わってすぐに病院のあのベンチに行った。 いつも僕を待っているはずの彼女はそこにはいなく、手紙がおいてあった。それは点字で書かれた手紙。そっと指でなぞって読み取る。ちなみに僕は千鶴に教えてもらってこの頃すでに点字を読めるようになっていた。
『初めて会ったトンネルで待ってる』
これは一体どういう意味なんだろう。僕ははやる気持ちを抑え、あの場所へ向かった。頭の中では「もしかして…」と期待でいっぱいだった。
トンネルの前に着いたが中を覗いても誰もいない。千鶴はどこにいるんだろう。少し心配になりながらも、薄暗いトンネルの中を歩いていく。
「千鶴ー?」
僕の声だけが木霊する。もうすぐ出口だ。
パンッパンッパンッ 「うわっ」
いきなり、音と共に何かが出てきて、僕は驚いて目を瞑った。
「「「誕生日おめでとー!!!」」」
目を開けるとそこには聡春に武、そして千鶴がいた。
「な…何???!!!は?誕生日!!??」
「18歳おめでとう、辰巳」
千鶴はあの綺麗な笑顔で僕に微笑んだ。
「おめでとー!!!辰巳!!!!」
聡春と武はニヤニヤしながら僕を見ていた。
「今日って俺、誕生日か…」 「やっぱ忘れてたな〜」 「辰巳、行こ!!」
そう言うと、千鶴は僕の腕を掴んだ。
「どこに?」 「あっちの河原、今日はバースデーバーベキュー!!」
武が自慢げに言った。聡春と武が「先に行ってるな」と言い、走って行った。千鶴は僕の腕に手をまわし、僕は千鶴の歩調に合わせてゆっくり目に歩く。
「びっくりした?」 「そりゃーびっくりするよ、でも、ありがとう」 「うん。わたしクラッカーひいたの初めて!!けっこぉ音おっきいんだねー、びっくりしたよ」 「あはは、マジで」 「手紙、ちゃんと読めたんだね」 「おおーまぁね。勉強の成果!!」 「びっくりした?」
千鶴はさっきと同じ質問をした。もしかして最初から聞きたかったのはこっちだったのか。
「うん、てか、深読みした」 「えーどんな風に?」 「告白されんのかと思った」
「されたらどうしてた?」
僕は千鶴を見た。てっきり笑って返すと思っていたけど、そう来るとは。彼女の心が読めない。 でもチャンスだと思った。僕の気持ちを言える。
「うれしいよ」
「…そっか」
それから千鶴は何も言わなかった。これは一体どういう意味なんだ?僕は緊張のせいか冷や汗で背中が滲んだ。河原に着いて千鶴はすぐに貴子達の所へ行ってしまって、話すことはできなかった。
「よう!!」 「おお〜正信、久しぶりジャン」
声をかけて来たのは中学の同級生で、よくツルんでいた仲間のひとりだった。正信は高校中退で今は親の家業を手伝っていて、会うのは聡春の誕生日パーティー以来だった。
「誕生日おめでと」 「おぅ、サンキュ」 「辰巳さ、あの子と付き合ってんの?」 「は?なんで?」 「いやー、貴子がさ、気にしてたから」 「貴子が?何で??」 「ん?今付き合ってんの」 「誰が?」 「俺と貴子」 「えっマジかよ!!おまえら仲悪くなかったっけ???!!!」 「いやー、まっイロイロあったんだって」 「おまえら水くせ〜な、言えよ!!そういうことは」 「悪い!って言ってもホント、今年に入ってからだからもうすぐ三ヶ月になるくらいだし」 「へぇ…よかったなー。お前にもついに春が来たか!!」 「ついには余計だっての」 「それより、辰巳は?」 「俺?」 「千鶴ちゃんのこと好きなんだろ?」 「あーなんかバレバレだな」 「あれ?認めるんだ」 「何で?」 「だってみんなお前がなかなか認めないって言うてたから」 「あーそうだな、うん」 「でももぉ好きなもんは好きなんだから、しょうがないし」 「うわーお前の口からそんなセリフが出るとはね」
正信はコーラを飲み干すと僕の方を向いた。
「で、いつ告んの?」
僕はすぐにわかった。正信が貴子からソレを聞くように頼まれてるんだと。正信の性格上、人の恋愛ごとには興味を示さないし、関わらないようにするはずだが、どうやら彼女のお願いには勝てないらしい。
「いや、告るつもりは当分ないな」 「なんで?」 「なんかさ、俺、今までは、好きならすぐ告ればいいと思ってたんだ。ムリならそれはそれでしゃぁないし、次行けばいいって。でも、今はそう思えねぇんだ。気持ちを言えば、相手も答えてくれるかもしれない、でも、もしムリだったら?そう考えると言えねーんだよ。大事だから、このままでいれば、失わないですむんだったら、それでいいや」
「お前…ほんとに辰巳??」 「おい、どういう意味だよ」 「いや、だってさ、キャラ変えすぎだから」 「別に変えてねぇよ。千鶴にだけだし」 「でもよぉ、千鶴ちゃんとはあきらか両思いだろ。むこうも待ってるんじゃねーの?」 「…だといいけど」 「まぁ〜あんま待ってるとそのうち他の男に取られっぞ」 「わかってるよ」
正直、さっき千鶴に流されたことを気にしていた僕は、正信の「両思いだろ」発言に内心嬉しくて溜まらなかった。
バーベキューが終わって、片付けた後、解散になった。夜にまた男だけで集まることになって、僕はいつも通り千鶴を家まで送ろうと思い、声をかけた。千鶴は川の方を向いていた。
「千鶴、もうみんな帰ってったよ。俺らも行こう」 「…待って」 「ん?何?」 「ちょっと一緒に行きたいところがあるの」 「いいけど、どこ?」 「この近くに小学校あるの知ってる?その裏に丘があって、昔、工場があったみたいなんだけど」 「あーあるね。知ってる。前にそこで肝試しやったわ」 「ね。そこまで行きたいんだ」 「あ〜うん、わかった」
僕にはなぜ千鶴がそこに行きたがるかわからなかった。もうそろそろ暗くなるし、危ないから帰ろうとも言えたが、千鶴のお願いを無視できるはずもなく、連れて行くことにした。
工場は閉鎖されているが、建物はまだ残っていた。千鶴は工場の裏に続く道があるからと言って、逆に僕を案内し出した。千鶴は何度も通ったことのある道は、杖無しでも歩けるくらい正確に覚えていた。この場所のことをなぜそんなに知っているのかわからなかったが、僕はとりあえず千鶴について行った。 裏道は整備されてないあぜ道で、木が生い茂っていた。まだ暗くなるには時間があったが、日が照らないその場所は暗くてよく見えなかった。
「ここを出たらいいの」
そう言った千鶴の前には網の柵の扉があった。
「おう」 「じゃ、目を瞑って」 「え???何で」 「いいから!!私が連れていくから」 「でも…」 「大丈夫。心配しないで」
千鶴は僕の手をしっかりと握った。僕が目を瞑った。
「ちゃんと瞑った??」 「うん」
ギギギィ ゆっくりと戸が開く音が聞こえた。千鶴は僕に声で合図をしながら歩き出した。
何も見えない中を歩く不安をその時、感じた。戸を抜けると少し明るい所に出たのがなんとなくわかった。それだけで、なぜかほっともした。千鶴の腕にしがみつきたくなる気持ちを抑えて、彼女の手をしっかりと握り返した。彼女は毎日、この暗闇の中にいるんだと、思い示された。そのことを僕はもっと理解すべきだということも。
コン、コン
千鶴の杖が何かに当たったようだ。
「うん。ここだ」 「え?何??」 「あ、まだ目を瞑っててね」 「ああ」 「じゃあここに立って」
千鶴は僕を誘導すると、手を離した。
「じゃあ、目を開けて」
目を開けると目の前には一本の木。満開の桜が、夕焼けの色で艶やかに揺れている。風が強く吹けば、花びらが舞う。ひらり、ひらりと。
「きれい」
ぽつりと、声が漏れた。
「でしょ」 「ここは、私の家族の秘密の桜見の場所なの」 「…そうなんだ」 「今年は辰巳と来たかった」 「え?」 「辰巳にこの桜を見て欲しかった」 「私の代わりに」 「千鶴…」 「辰巳は…迷惑かもしれないけど」 「迷惑なわけないだろ?!」 「でも…私はこれからもここに辰巳と一緒に来たい」
「千鶴?」
「…辰巳が好き」 「ずっとずっと…好きだった」 「辰巳が私のこと同情でやさしくしてくれるんだとしても」 「これで終わっても」 「それでも…好き」
千鶴はずっと俯いていた。俯いて、目を瞑って、両手で杖をにぎりしめながら、僕に告白してくれた。情けなかった。自分が。 その言葉は僕が言うべきだったのに。
「千鶴!!」
僕は彼女を抱きしめた。強く、強く。僕の気持ちが、彼女に伝わるように。
「好きだ」 「同情なんかじゃない!俺は、いつも誰に対しても本気に慣れなかった。でも、はじめて…千鶴との関係だけは失いたくないって思った。俺はお前を失わないためならどんな関係でもよかったんだ。ゴメン、でも言うべきだった。」 「同情なんかじゃないから!!好きだから!!!」 「根性なくてゴメン、ヘタレだよな、俺…」 「千鶴に言わすなんて情けねぇよな」
千鶴は僕の胸の中で泣いてた。僕も泣きながら彼女を抱きしめてた。
あの時、僕は初めて彼女を抱きしめた。
そして知った。
こんなにもいとしい人が
こんなにも愛する人が
僕の腕の中にいる喜びを。
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