智は困っていた。 人が大波小波となってあちこちの方向にうごめいている、新宿駅西口。 みんな前だけを向いて、上手に人を避けながら早足で歩いている。 見渡す限り、人、人、人・・・。 つい20分前に、長野の田舎から高速バスに乗って新宿に着いたばかりの智は、訳も分からず新宿駅西口までいつの間にか流れてたどり着いていた。 とりあえず、人の往来の邪魔にならないようにと、駅構内のJRきっぷ売り場の脇の壁にもたれかかって、沢山の波を眺めていた。 しかし、自分が何故ここにいるのか、どうやって次の目的地へ移動すればいいか全く見当がついていない。 「新宿って、こんなに人がいるんだぁ・・・。」 無意識にそんなことをつぶやいて、何気なくボストンバックの外ポケットに手を入れる。 すると、カサッと何かが指に触れた。 「・・・?あ!」 智は、それを掴みポケットから取り出した。 「忘れてた。電話しなきゃ。」 ポケットから取り出した小さなメモ用紙を左手に持ち、右手でジーパンの後ろポケットから携帯を取り出すと、メモを見ながらダイヤルした。 「そーだそーだ、そーだった。」 ぶつぶつ呟きながら携帯を耳に当てる。 プルルル・・・・・と数コールの後、つながる。 『智?着いた?』 「うん、ちょっと前に着いたよ。なんか、新宿ってすごいね。」 『よかった、無事着いて。いま駅でしょ?何が見える?』 「今、きっぷ売り場の脇にいるんだけど・・・改札の目の前。」 『じゃ、すぐ行くから動かないでね。』 その言葉を聞いて、智は「はーい」と返事をして電話を切った。 さっきまで独りぼっちだった気持ちが、たった数秒の会話で随分軽くなっていた。
「それにしても、よく1人で出て来れたね、智。ちょっと心配してたんだよ。」 「や〜、美夏が東京にいてくれたお陰だよ。ありがと、親友!!」 「いえいえ、どういたしまして。」 新宿駅で待ち合わせをした美夏は、ふふっと笑って智の肩をポンと軽く叩いた。 中学からの同級生の美夏に、上京すると智が告げたのは去年の冬だった。 中学、高校とずっと同じクラスメイトとして過ごした二人は、高校卒業と同時に別々の進路に進んでいた。 美術が得意だった美夏は東京の絵の専門学校へ進み、進学することに興味が全くなかった智は、とりあえず地元で就職していたのだ。 しかし美夏と同様に絵を描くことが好きだった智は、東京で絵を勉強している美夏の話を聞くうちに、自分も勉強したいという気持ちが生まれ、それは日増しに強くなり、半年悩んだ後、美夏に相談したのだ。 「びっくりしたよ、あん時は。いきなり東京行きたいんだけどって言うんだもん。」 数ヶ月前を思い出しながら、美夏は智を見た。 肩をすくめて智は笑った。 「だって、やりたくなったんだもん。」 智の言葉に、美夏は右眉をくいっとあげた。 「まぁ、智は一度気持ちが動いたらドンドン進んじゃうもんね。おばさんも驚いてたみたいだけど、仕方ないって諦めてたし。」 「お母さんは、最初はあんまりイイ顔してなかったけどね。自分の責任で動くんならいいよって言ってくれたから。」 「ま、アタシがいるからおばさんも許してくれたわけだし?」 「美夏さま、何か冷たいものでも?」 「カフェモカとか飲みたい気もするな〜」 くすくす笑いながら、二人は目の前にあるコンビニへ入って行った。
「じゃ、アタシ帰るね。いい?鍵はちゃんと二つとも閉めるのよ?夜寝る時にもちゃんと確認して。窓は開けっ放しにしないように。あと・・・」 「だーいじょうぶ、だいじょぶ!!!心配しすぎだって、美夏。さ、彼氏が待ってるんでしょ?行って行って!」 不安げな美夏の背中をぐいぐいと押して、智はダンボールだらけのアパートの玄関のドアを開けた。 コンビニで飲み物を買うとすぐ、智の借りたアパーとに直行したのだった。 引越業者から荷物を受け取り、大型電化製品の設置をし、気付くと夕方16時を回っていた。 「何か困ったり怖いことがあったら、すぐ電話してね?あと、明日の朝、起きたらちゃんとメールして。いい?」 尚も食い下がる美夏に、智はピースサインをして頷いた。 まだ何か言い足そうな美夏を、智は笑顔で送り出した。 「相変わらず、心配症なんだから。」 智を見送り、鍵を二つ施錠して改めて荷物が散らかった部屋を見渡す。 初めての1人暮らし。 新築ではないが、まだ築3年の新しいアパート。 決めるまでに美夏の協力の下、5回ほど上京して探した新居だ。 駅から徒歩15分、1人暮らしには広さ充分の1DK。 周りは住宅街、スーパーもコンビニも徒歩圏内にある。 日当たりも良好、智の部屋は3階建の2階でベランダもある。 「さ、やるか。」 そう自分に気合を入れると、智は腕まくりをした。
19歳、春。 智の新しい生活が始まった。
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