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作品名:目には目を歯には歯を 作者:藤田耕太郎

第38回   石川の供述書(2)
            【石川の供述書(2)】

 オレは浴室のドアを押しのけた。
 折りよく脱衣場の脇には信州リンゴの空き箱が放置されていた。松瀬から剥ぎ取った
あいつの衣類はこの空き箱に入れて処分することにした。
 ひとまず応接間にもどってきた。
 松瀬の亡骸(なきがら)を引きずって浴室まで運んだ。
 浴室のタイルのうえで松瀬を丸裸にした。浴槽の縁を枕にさせて松瀬を寝かせた。
オレは松瀬の首からうえを湯船に押し込み、文化包丁で鯉を捌(さば)くときのように、
まず松瀬の左目を抉(えぐ)り取った。そして右目も抉り取った。両眼を抉り取られた
松瀬の顔はまったく人間としての個性を喪失してしまった。抉り取った目玉はピンクの
洗面器のなかに放り込んだ。こんどは耳を切断することになった。まず左の耳を切り
落とし洗面器のなかに放り込んだ。右耳も切断して洗面器のなかに放り込んだ。そして
髪の毛を剃り落とすことにした。まだいちども使ったことがないという新しいカミソリで髪の毛の付け根から丁寧に剃り落とした。かなりの時間が経過した。そのあとで松瀬
を湯船の縁からタイルのうえに引きずりおろし、仰向けに寝かせた。両足を引っ張って
松瀬の股をひろげた。まだ死後硬直はすすんでいなかった。何人もの女を泣かせて
きたしょぼくれた松瀬のペニスの周辺からはじめて陰毛をきれいに剃り落とした。
おしまいにペニスの亀頭部の尖端を左指で摘みあげ、ぴんと引っ張りながらペニス
を根元から切断した。これで予定していた作業は順調にすすんだ。剃り落とした髪の毛
とペニス、それに陰毛、両眼、両耳はキッチンで見つけたビニール袋に入れた。その
袋は松瀬から剥ぎ取った衣類を詰めた信州リンゴの空き箱に突っ込んだ。
 オレは文化包丁を持ってキッチンに向かった。キッチンにはいり、流し台に向かい、
洗剤をふり掛け束子でごしごし擦った。さらにお湯で洗浄し乾いた布巾で水気をふきとり包丁立に収納した。
 オレはキッチンから応接間にもどった。美枝子が押入れから持ち出してくれた大型
洗濯機の空き箱は薄くたたみこまれていたので、それを広げると、中から洗濯機を
包装していたらしい透明なビニール袋がでてきた。畳んだ段ボールを組み立てて箱に
仕立てた。その箱とビニール袋を持って浴室へ入っていった。ビニール袋を全裸の
松瀬に被せかけたとき、松瀬をロープで縛る作業が抜けていることに気づいた。
オレは再び応接間にもどり、さきほど美枝子が出してくれた非常脱出用のロープを
持って浴室へもどってきた。松瀬の両手首にロープを巻きつけ堅く縛った。そのロープを引き延ばしながら浴室の中をぐるぐる回ってみた。これだけの長さがあれば、聖橋の
欄干から川の水面すれすれにまで松瀬を吊り下げることはできるだろう。オレは長い
ロープを緩く松瀬の体に巻きつけた。松瀬の大きな体にすっぽりとビニール袋を被せ、
段ボール箱の中に松瀬の亡骸をを入れた。そして段ボール箱の蓋を閉めた。
 オレはキッチンにもどった。キッチンで調理台の下の扉を開けると紐類を入れた
袋が見つかった。その袋の中からやや太いポリ縄を摘み上げて浴室にもどった。
松瀬の亡骸を入れた段ボール箱にポリ縄を掛けて結んだ。見た目には洗濯機を
収納した荷物ができあがった。箱を結わいた紐に手をかけ箱を引きずりながら浴室
から応接室に出た。このあとは松瀬の入った段ボール箱を聖橋まで運ばなければ
ならない。オレは350号室を出てドアをロックした。オレは一目散(いちもくさん)に
走り出した。息をはずませながら三崎町裏の朝日食堂まで駆けつけた。朝日食堂の
マスターに頼んでワゴン車を借りる予定だった。しかし朝日食堂はすでに閉店していて
真っ暗闇だった。店先にはいつも出前用に使っていた白いボデイのワゴン車があった。
車のドアに手をかけるとドアは開いた。マスターは閉店してから、どこかの店で飲んで
帰って車のロックを忘れたのだろう。運転席に座るとエンジンキーもそのままになって
いた。すぐエンジンをかけて発車した。数分後には千代田マンションに到着した。車は
木陰に停め、エレベーターで3階にあがった。マンションの廊下の一番奥には荷物運搬
用のかなり大きい手押し車があることを知っていた。その手押し車を350号室の前まで押してきた。応接間に入った。松瀬の亡骸を収納した大きな段ボール箱を引きずり出し手押し車に載せた。できるだけ静かに手押し車を押してエレベーターに乗り込んだ。
マンションの木陰に停めておいたワゴン車まで手押し車を押しつづけた。誰にも逢わな
かった。時間の記憶はないが、すでにみんな寝静まった時刻だったに違いない。オレは
車に飛び乗りエンジンをかけて発車した。
 ノンストップで聖橋の袂まで走行した。
 聖橋の手前には交通止めの掲示がなされていた。
 聖橋の本郷寄りでは水道管の取替え工事と道路の修理工事で交通止めになっていた。
オレは交通止めの標識をずらし橋の上に車を乗り入れた。段ボール箱を車から引きずり
おろした。箱の蓋を開け、松瀬の亡骸に被せてあったビニール袋を剥ぎとった。そして
松瀬の亡骸を路面に引きずり出した。両手首をロープで縛った松瀬の亡骸を腰を据えて
橋の欄干まで持ち上げた。ロープの端を欄干の支柱に巻きつけた。松瀬を吊るしたき、オレも松瀬と一緒に橋の上から落下するのを防ぐためだった。松瀬の亡骸を少しずつ
欄干からずらしていった。松瀬の亡骸が宙に浮くと急にずしんと重みが伝わってきた。
オレはロープを操(あやつ)りながら、スローテンポで松瀬の亡骸を吊り下げていった。
かなり吊り下げたところでロープを橋の支柱に縛り付けた。橋の下を覗(のぞ)いてみると、あとわずかで川の水面に届くことがわかった。ロープを緩めて松瀬の亡骸をちょっと下げたところでロープを橋の欄干の支柱にしっかり縛り付けた。これで一番力が要る作業はどうにか終わった。そのあとで松瀬の亡骸を収納してきた段ボール箱を川に放り込んだ。そして松瀬の衣類や両眼、両耳、それに毛髪、陰毛、ペニスの入った信州リンゴの箱も川に放り込んだ。辺りに人影はみられなかった。オレは素早く車に乗り込み、橋の上から橋の袂の道路に出た。一旦、車から降りて交通止めの標識を元の位置にもどした。すぐワゴン車に飛び乗り発車した。5分ほどで朝日食堂の店先に到着した。無断で他人の車を使用すると「使用窃盗の罪」になるかもしれない。そう思いながらオレは車から降りた。すぐ走り出した。
 まもなく千代田マンションの350号室にもどった。マンションの350号室にもどったとき、応接間の壁に掛けられたオルゴール時計は午前2時をまわっていた。
 オレは丸裸になって浴室に入りシャワーを浴びた。
 応接間にもどってみると美枝子が起き出していた。
「みんな終わったの」
 美枝子はオレの顔を覗き込んだ。
「ああ。すべて終わった。これは深夜の完全犯罪だ」
 オレはソファーに凭(もた)れ込んだ。
「そうかもね。いまビール持ってくるわ」
 美枝子はキッチンに向かった。
 美枝子はお盆にグラスとジョッキそれにビールを載せてもどってきた。
「ジョッキでもらおうか」
「はい」
 美枝子はジョッキに並々とキリンの一番搾りを注ぎオレの前にさしだした。
「あたしもいただくわ」
 美枝子は自分のジョッキにもビールをそそいだ。。
「それでは乾杯」
 オレはジョッキを掲げた。
「乾杯」
 美枝子もジョッキを掲げた。
「ちょっと待っててね」
 美枝子はキッチンに向かった。
 キッチンから、ジージーとなにかを炒めているらしい気配がしてきた。
 まもなく白い大きな皿に茄子の油炒めを盛り付けて美枝子はもどってきた。
「はい。お摘まみ」
 美枝子は皿をテーブルの上にさしだした。
 ふたりは黙ったままビールを飲み続けた。
 
 やがて3時をすぎて二人はベッドにもぐった。
 ベッドに潜ったふたりは無言で天井を見つめたままだった。
「あすの朝は、いつもと変わらず、なにくわぬ顔で出勤したらいいから」
 オレは独り言のように呟(つぶや)いた。
「そうするわ」
 美枝子はビール臭い息でこたえた。
 そのうちオレはいくらか蕩(とろ)けた。

 翌朝、オレが目を覚ましたとき美枝子の姿はなかった。早めに出勤したらしかった。
腕時計をみるとすでに8時を過ぎていた。
 オレは跳び起きてワイシャツに着替えた。手早くネクタイを絞めた。
 なにくわぬ顔をしてオレは350号室をあとにした。

 以上が松瀬教授殺害前後における犯行状況のすべてであります。

  1999年6月24日深夜

                                          石川流太郎


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