【真実の究明に集中】
警視庁と道路ひとつ隔てたマロニエの並木通りに、検察庁という太い 文字が横に刻み込まれた検察庁の正門が浮かびあがる。 検察庁の正門から胸に『黄金の胸章』といわれる弁護士バッチを 佩用(はいよう)した数人の弁護士が検察庁の構内にはいってゆく。 その背後には白っぽい検察庁の高層ビルがそそりたっている。
五十嵐検事室の壁に掛けられた『日捲りカレンダー』が1999年6月 23日水曜日になっている。 検事室の白い壁に掛けられた黒い縁取りの円い壁時計の長針が ぴくりとうごき午後1時になる。 検事デスクのまえには多摩美枝子が座らされている。 「それでは、きのうにひきつづき取り調べにはいります」 書類を捲っていた五十嵐検事は多摩美枝子と視線をあわせる。 「はい。わかりました」 多摩美枝子は膝のうえに視線をおとした。 「実はあなたのお父さんが警視庁に自首してきましてね。『松瀬を殺った のは美枝子ではなく、このあっしだ』と、いいはっているんですがね」 「とんでもない。そんなあ」 多摩美枝子ははっと顔をあげる。 「しかし、梅吉さんは、真犯人はこのあっしだの一点張りなんですよ」 「そんなはずはありません。事件当夜、父はあたしのマンションになど 来ていません。来てもいない人が松瀬を殺れるはずがありません」 多摩美枝子は五十嵐検事に抗議するかのようにくちを尖(とが)らせた。 「しかし、お父さんの梅吉さんは、自分が松瀬を殺ったといいはって聞かない んですがね。『松瀬を殺ったんは美枝子ではなく、このわしだ』との一点張り なんでよわりました」 「そんなデタラメな父の供述に惑(まど)わされてはなりません。あの事件当夜、 あたしのマンションに来もしないで、松瀬に手をかけることなどできるはずが ありません。父が事件当夜、あたしのマンションに来ていなかったことは、 菊野先生にもちゃんともうしあげてあります。父の供述を信用してはなりません」 「父は娘を庇(かば)い、娘は父を庇う。そうした親子の心情はよくわかります。 しかし実体的な真実を明らかにしなければなりません。もしそうでなければ刑罰権 の発動を誤ることにもなりかねません。処罰してはならない人を処罰したり、処罰 されるべき真犯人が処罰を免れたりすることは法治国家のもとでは、決して 許されません。ねえ。そうでしょうに。美枝子さん」 「はい。それは検事さんのおっしゃるとおりです。そのことだけは、法律の素人 にもわかります。しかし、なんといわれようと父の自白は虚偽(きょぎ)としかいいよう がありません。なにしろ父は事件現場にはいなかったんですから」 「それでは、もういちど原点にもどって、美枝子さんの供述の信憑性(しんぴょうせい) をたしかめることにしましょう」 五十嵐検事は身を乗りだした。 「はい、結構です。いやなことでも真実は真実として、なんどでも検事さんの訊問に おこたえいたします」 「それでは5月13日木曜日の夜8時近くに、あなたがマンションの350号室に帰宅 したとき、松瀬教授はソファーに浅く掛けてじれったそうにあなたを待っていたという ことは真実ですか」 「はい。たしかにそのとおりです」 「それで美枝子さんが応接間にはいると松瀬は、まるで発情期の獣のように美枝子 さんに飛びついてきたということは真実でしょうか」 「はい。そのとおりです。まちがいありません」 「そのため美枝子さんは、その場に押し倒され持っていたハンドバックやレタスとか タマネギ、キュウリとか、甘夏蜜柑それにハッサクなどをいれたレジ袋が放りだされ 絨毯(じゅうたん)のうえにばらまかれたということも真実ですか」 「はい。それも真実です」 「そして松瀬教授は美枝子さんのスーツを剥(は)ぎとり、ブラジャーなどの肌着類も すべて毟(むし)り取り、あなたを丸裸にしたことは真実でしょうか」 「はい。まちがいありません。そのとおりです」 「松瀬教授は自分のズボンを脱ぎ捨て胸をはだけて美枝子さんを堅く抱き締め、 遮二無二(しゃにむに)ペニスをあなたの下腹部の大切なポケットに挿入したこと もまちがいありませんか」 「はい。それも真実です」 「そのあと松瀬教授は短時間に射精してすぐにペニスを抜こうとしたが、なぜか、 容易に抜くことができなかった」 「はい。検事さんのおっしゃるとおりです。いまでも不思議でなりません」 「松瀬教授があなたのポケットに挿入したスリコギ棒を抜こうとするたびに、 あなたは下腹部の痛みに耐えかねて悲鳴をあげたこともたしかですか」 「はい。そのとおりです」 「そしてあなたのポケットからペニスを抜くことをあきらめた松瀬教授があなたの お腹のうえに乗ったまま眠りこんだこともたしかですか」 「はい。それも真実です」 「あなたが首を左右にうごかして周囲をみると、あなたの手の届くところに、松瀬 教授が脱ぎ捨てたズボンに革バンドがまわされていたことに気づいた美枝子さん が手を延ばし、その革バンドを抜き取り、両手で松瀬教授の首に巻きつけ、両手に 全力を集中し、必死の力を振り絞り、あなたは自分の息をとめ力の限り絞め続けた ことも真実ですか。ここは重要な構成要件事実です」 「いいえ。・・・いや。その・・・・・・」 多摩美枝子はどもり、肩をゆすって深い溜め息を吐いた。
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