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作品名:目には目を歯には歯を 作者:藤田耕太郎

第31回   真実らしい梅吉の供述
            【真実らしい梅吉の供述】


 警視庁近くの並木道では、濃緑になったマロニエの葉が夏風に揺れている。
 桜田通りには、ひっきりなしに車の流れがつづく。

 警視庁の正門から菊野弁護士がでてくる。チョコレート色のおおきなカバンを
提げた菊野弁護士はマロニエの並木道をゆっくり歩き、東京メトロ丸の内線の
霞ヶ関駅へ降りてゆく。

 マロニエの並木道に沿って検察庁という太い文字が刻み込まれたその正門が
浮かびあがる。

 五十嵐検事室の壁に掛けられた『日捲りカレンダー』は1999年6月22日
火曜日になっている。
 黒い縁取りをした円い壁時計の長針がぴくりとうごき午後1時30分になった。
 五十嵐検事は検事デスクに向かい書類の点検をしている。
 円筒形脱毛症でテカテカ頭をした警視庁捜査一課の春山課長があらわれる。
「五十嵐検事。多摩梅吉の取調べのもようを録取したテープをお聞きください」
 検事デスクに近づいた春山課長はテープを五十嵐検事のまえにさしだした。
「ソファーの方がよいかな。杉山君、テープをかけてくれないか」
 テープを摘みあげた五十嵐検事は起ちあがりソファーに向かう。
 杉山検察事務官にテープを渡した検事はソファーに凭(もた)れる。
 春山捜査一課長も検事と差し向かいでソファーに掛ける。
「それでは、いまからはじめますから」
 杉山検察事務官は自分のデスクのうえでテープレコーダーにテープを
セットしてボタンを押した。

「このたびは、自分からすすんで出頭されたそうですが。多摩梅吉さん
にまちがいありませんね」
「へえ。まちげえござんせん。植木職人の多摩梅吉ででごあす」
「梅吉さん。あなたは桜門大学お茶の水病院の病院長松瀬栄三を識って
いますか」
「へえ。あっしの娘の美枝子がその秘書ということで、世話になってますんで、
いちど梅林市の料亭に招えて美枝子と3人で食事をしあしたけえに。よく顔を
識っていあすだが」 
「なるほど。あなたは、その松瀬病院長が殺害されたことを識ってますか」
「しるもしらねえもねえだす。あいつを殺ったのあ、このあっしですからな。
娘を虫けらのように扱ってたあいつを許すこたあできなかったんです。へえ。
それでとうとう殺ってしまったわけでして」
「あなたは、松瀬教授が娘さんの美枝子さんを虫けら同然に扱っていると、
おっしゃいましたが。具体的にはどういうことなんでしょうか。虫けら同然に
扱うということの内容はどうなんですか」
「へえ。あれが病院長秘書に採用されてから、院長室で娘がコーヒーを炒れ
ようとしていたとき、院長室に入ってきた松瀬は、いきなり娘のうしろから抱き
ついてきて、その場に押し倒し、まだ嫁入れめえの娘をだいなしにしてしまっ
たんです。それも昼のさなかに」
「そのことはどうして判明したんですか」
「へえ。子供のときから娘の許婚で、いまでは婚約者の石川流太郎から聞き
あしただ。娘が泣きながら流太郎に話したそうなんで」
「それは酷いはなしですな。それでは、ここから先は、あなたが松瀬を殺った
という、そのときの具体的な状況を聞かせてもらいます」
「聞かれたことにあ、正直にこてえあすだ」
「梅吉さんが松瀬を殺ったという場所はどこですか」
「へえ。娘のマンションの応接間で、娘があいつに侵(おか)されていたときに
殺りあしたで。へえ」
「そのマンションはどこにありますか」
「へえ。明治大学の横から、爪先登りの丘のうえでごあすだ」
「なんというマンションですか」
「ええと。あれあ、たしか、千代田マンションと云ってたはずであすが」
「あなたは、その日にマンションの娘さんの部屋に入るまえから近くに待機
していたんですか」
「へえ。白山咲一先生から『おめえの娘にあ髪の毛の黒いおおきな虫がつ
いてる』と教わりましたんで、へえ。その虫が娘の部屋にへえるのあ木曜日
の夜と土曜日の夜だと、白山咲一先生に教えてもらえあしたんで。ちょうど
5月13日の木曜日に、ふだんは仕事に使っている小型のトラックで新青梅
街道から都心にでまして、千代田マンションの木陰で見張っていあしただ」
「あなたが見張っていたとき、なにが起こりましたか」
「なにがって。松瀬先生がやってきてドアの近くの南天の鉢のうしろから
カギを取りだし、部屋にへえってゆきあしただ」
「それからどうなりましたか」
「しばらくすると、娘が買い物を入れた白いレジ袋をぶら提げてマンションに
けえってきあしただ」
「それで」
「へえ。それで、きょうこそ現場を押さえてやろうと350号室のドアに近づき、
部屋のななのようすをたしかめてみあしただ」
「そうすると・・・」
「へえ。娘の悲鳴が聞こえてきあしたでドアを叩(たた)き開けて飛び込んで
みると、娘あ応接間のソファーの近くに押し倒され、裸にされた娘のうえにあ、
松瀬の野郎が馬乗りになってたんで。へえ」
「それでどうされましたか」
「へえ。あっしあ咄嗟(とっさ)に松瀬の背中に飛びついて、あいつのうしろから
羽交(はが)い絞めにしようとしたら、その瞬間、あっしあ跳ね飛ばされそうに
なりあした。あいつは図体(ずうたい)のでっけえ野郎で、医者のくせに馬鹿力
があるんで。そいで咄嗟にてめえの腰に巻いていた『兵児帯』(へこおび)を
引ん抜いて松瀬のうしろから締めつけたんで。へえ」
「それで、そのあと、どうなりましたか」
「へえ。あいつあ、はじめあばたつきあしたが。あっしが力の限り絞めつけ
ていると、やがてぐったりしあしたで。へえ」
「そのあとは、どうされました」
「へえ。絨毯(じゅうたん)のうえには果物とか野菜がばらばらに散らばって
いあしただ。娘が松瀬に押し倒されたときに放りだされたんで。あっしあ、
それを拾い集めながら『おまえは早く風呂にへえって松瀬の匂いを洗い
ながせ』というと、娘あ松瀬に剥(はぎ)ぎ取られた衣類を掻き集め、寝室の
ほうに駆けてゆきあしたで。あっしあ松瀬の首から兵児帯を取り除きあしたが、
これからの後始末をどうするべえかと考げえただ」
「考えてから、どういう後始末をしたんですか」
「娘あ風呂にへえってから着替えて応接間にもどってきあしただ。そいで、
あっしあ『この野郎の死体をどうするべえか』と娘に」聞きあしただ。すると娘あ
『お父さんに任せる』と云っただ」
「それで梅吉さんはどうされましたか」
「娘に催促(さいそく)して缶ビールを飲み干し『おめえあ、あっしが合図する
までベッドにへえって寝め』と、娘を寝室にゆかせあしただ」
「娘さんが寝室へはいってから梅吉さんはどうされましたか」
「へえ。松瀬の野郎を丸裸にして風呂場に引きずってゆきあしただ」
「それから風呂場でなにをしたんですか」
「へえ。まず風呂場にあった和式のカミソリで松瀬の髪の毛を剃り落としただ
そしてあいつの両足の真ん中にあるチョンボコのまわりの毛もみんなきれいに
剃り落としただ」
「なんでまた髪の毛を剃り落としたり、チョンボコの毛まで剃り落としたんですか」
「へえ。そりゃ。真っ昼間から院長室で娘を手篭(てご)めにしたり、ベッドにも
へえらねえうちに客間でいやがる娘の腹のうえに馬乗りになったりする、異常な
助べえ野郎を見せしめにするためでごあす」
「つまり性の乱脈の見せしめということですか」
「へえ。刑事さんのおっしゃるとおりでして」
「そのあとは、どうされましたか」
「へえ。台所から文化包丁を持ってきて松瀬の両眼を抉(えぐ)り取り、風呂場に
あった洗面器のなかに放り込みあしただ。そして両耳も切り取り、さらにあいつの
チョンボコまで切り落としただ。残酷な遣り方をしたんは、みんなあいつの性の
乱脈を極めた男への見せしめのためでごあすだ」
「性の乱脈で女性をただの道具にしてきた男への見せしめですか。それでその
あとはどうなりましたか」
「へえ。娘の寝室の奥になっている押入れから大型冷蔵庫用の段ボールの空き箱
と非常脱出用のロープを持ちだしてきただ。そして丸裸の松瀬の両手首をロープで
縛(しば)りロープごと松瀬をその箱にいれあしただ。これで荷造りあ一巻のおわり」
「その荷造りをしてからどうされましたか」
「へえ。段ボールの箱を担(かつ)いで廊下にでると、廊下のいちばん奥に置いて
あった荷物搬送用の手押し車に松瀬を入れた段ボール箱を載せマンションの木陰
に停めておいた小型トラックまではこび、すぐ発車して聖橋に向かいあしただ。
聖橋に着いたときには、運よく橋のうえにあだれもいなかったんだ。へえ」
「夜のせいで橋のうえには車がこなかったんですか」
「いいや。ちょうど道路工事の最中で交通止めになっていあしたけえに」
「聖橋に着いてから、どうされましたか」
「へえ。段ボール箱から両手首をロープで縛られた丸裸の松瀬をひきずりだし、
橋の欄干から吊りさげることにしただ。からだのでっけえ松瀬に釣られて、いっしょ
に川へ落ちねえように用心しあしただ」
「そのためにどんな手立てをしたんですか」
「いつも仕事のときに使っていた太い縄がトラックの荷台の隅にあったんで。まず
それを自分の腰に巻きつけ、てめえのからだを橋の欄干に巻きつけただ。そして
ゆっくり、ゆっくり丸裸の松瀬を神田川の水面すれすれにまで吊り下げ、しっかり
ロープで橋の欄干に縛りつけただ。これで夜が明けると電車やバスのお客さんの
目に晒され、見せしめになるにちげえねえとおもいあしただ」
「なるほど。それでそのあとマンションにもどりましたか」
「へえ。マンションにもどり、娘がだしてくれたビールを飲んで、そのまま客間の
ソファーのうえに酔いつぶれてしめえあしただ」
「あなたの供述によれば、被害者を丸裸にしたそうですが。そうすると被害者が
着ていた衣類はどうされましたか」
「へえ。松瀬の着ていた衣類とか靴とかは、黒いビニール袋に入れて、梅林市
の自宅に持ちかえり、玄関先の樅の木の根っこを深く掘ってそこに生めあしただ」
「すると被害者の首を絞めた兵児帯はどうされましたか」
「へえ。あの兵児帯あ、あっしが永年にわたり腰に締めてたもんで、惜しかったん
であすが。松瀬の匂いが染みこんで気持ちが悪いんで、松瀬の衣類といっしょに
樅の木の根っこに埋めあしただ」
「それでは被害者の遺体をはこんだ小型トラックはどこにありますか」
「へえ。そのトラックあ梅林市の自宅の庭に停めてありあすが」
「梅吉さんの供述が真実だとして、証拠がかたまり検察庁に送検されて起訴され
て公判にかけられたとき、弁護人のあてはありますか」
「へえ。永年にわたり庭木の刈り込みでおせわになってあす菊野弁護士先生が
おりあすんで。へえ。でえじょうぶでござんす。へえ」
「わかりました。それでは、きょうの取調べはここまでにしましょう」

 多摩梅吉の朴訥(ぼくとつ)な供述はそこでおわっていた。
「とまあ、こういうことなんですがね」
 春山捜査一課長は五十嵐検事の顔を凝視する。
「この多摩梅吉の朴訥な供述内容は一見、信憑性(しんぴょうせい)が高い
ようなフシもみられる。しかし、その供述のひとつひとつの事実については
逐一(ちくいち)、ウラをとってみないと、安直に結論をだすことは危険だ」
 五十嵐検事はそう云いながらタバコをつける。
「それでは、いまから裏づけ捜査に着手しますが。なによりもまず多摩梅吉
の自宅の捜索令状が必要となります」
 春山課長もライターでタバコをつける。
「その令状のほうは、いまから手続きをとるから、裁判官から令状がでしだい、
徹夜でもいいから裏づけ資料の発見に全力投球してくれないか。凶器として
の文化包丁は、すでに多摩美枝子のマンションのキッチンから押収されたが、
カミソリはまだまだ発見されていない。マンションの手押し車についても押収
令状とりましょう」
 五十嵐検事は指先でタバコの吸いさしを灰皿のうえに軽くたたいた。
「それでは、いつでも出動できるよう待機していますので、令状のほうを手早く
おねがいします」
 そう云いのこして春山捜査一課長は検事室から消えていった。


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