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作品名:目には目を歯には歯を 作者:藤田耕太郎

第3回   鎖国のカントリー
 椿林太郎は炉端に起ちあがった。
「ようし、それでは」
 林太郎は皮のジャンパーを脱ぎかける。
「歌と踊りのおかえしに、ウサギ汁でも振舞うことにするか」
「彼ノォ。兎ヲバラスンデ有リアスカ。モシモ」
 小榊賢一は林太郎に釣られるように起ちあがった。
「良カッタラバ、俺アニ遣ラセテクダセエアシ。兎ヲバラス事ニア
馴レテ居リアスケエ」
「そう。それでは流し台まで来てもらうか」
 林太郎は脱ぎかけたジャンパーに腕をとおし流し台に向かった。
 小榊賢一は林太郎のあとを追った。
「ええと。それでは」
 林太郎は屋根裏に吊るされていた1羽の山兎を降ろし流し台に
載せた。
「賢一君にまかせるか。俎板は調理台のうえにあるし、包丁もここ
にありますから。それに洗い水は、この水瓶に汲んであります。兎
をばらしたら、肉は食べやすいように細かく刻んでくれないか」
「ハイ」
 賢一は左手で兎の両耳を掴み、右手で兎の白い背中を撫でた。
「良ク判カリアシタ」
「あと、野菜刻みと煮込みは、わしがするから。君の作業は肉の
細切りまででよい」
「ハイ。承知シアシタ。バラスマ迄、先生ア炉端デ休ンデ居テクダセエ」
 賢一は着物の両袖を捲くりあげる。懐から取りだした紫色の襷を掛けた。
長髪の青年はたちまち甲斐甲斐しい板前姿に変身した。
 習熟れた手つきで彼は兎の白い皮を剥ぎ取る。
 あっという間にストリップにされピンクになった兎の胴体と4本の肢を
切りはなしてゆく。
「おお。これはまた」
 林太郎は流し台から炉端にもどりかけた。
「たいした腕前だ。まるで板前なみだ」
「ええと。そのォ」
 林太郎は炉端に胡坐をかいた。
「賢一君が腕をふるっている間に、雪ちゃんからはなしを聞かせても
らうことにしよう」
 白い瓜実顔の細い狐目に林太郎は視線を浴びせた。
「ハイ」
 狐の化身ではないいかと想われるような細い目をした瓜実顔がはじ
めて微笑んだ。
「判リアシタ」
「雪ちゃんのフルネームは、なんというの」
 林太郎は細い狐目をしみじみと見なおした。
「ハイ、エエト」
 細い狐目の女は怪訝な顔で首を傾げる。
雪恵「アタイ。フルネームナンテ言葉、聞イタコトガナイ」
「其ノォ。フルネームト言ウノア、何ンノ事デアリアスカ」
 瓜実顔の女は林太郎に視線をおくりかえした。
「ああ。あのね」
 林太郎は楢の薪を囲炉裏火にくべたした。
「フルネームいうのは。なんといいますか。つまり雪ちゃんだけでは、
よくわからないから、名前と名字をすべて盛り込んだ、きちんとした
姓名のことなんだがね」
「アア。其ノォ」
 林太郎と視線をあわせた瓜実顔は、いくらか恥じらいがちになった。
「フルネーム言ウノア、キチントシタ名前ノ事デ有リアスカ。アタシノ名ア、
小榊雪恵ト申シアス」
 歯切れのいい声が跳ね返ってきた。
「ほう。コサカキユキエさんですか。いいお名前ですね。どういう文字を
書くのですか」
「ハイ。『ユキ』ア、今、外デ降ッテ居ル雪の雪、ソシテ『エ』ア、恵ト書キ
アスダガ」
「なるほど」
 林太郎は燃え崩れた楢の薪を黒く錆ついた火箸で繕う。
「雪の恵みね。それで雪恵さんの姓は小榊賢一君とおなじようですが。
彼とはご親戚ですか」
「イイエ。同姓デハ有リアスガ、親戚デア無クッテ、婚約者デ有リアス」
「あ、そう」
 林太郎は、とろとろと燃える囲炉裏火を見つめて腕を組んだ。
「婚約者ね。それで、こんな猛烈な吹雪の日だというのに、どうしてま
た、どこから来なさったんですか」
「ハイ。此処カラ更ニ山奥ニナッテ居ル熊ノ峠ヲ超エタ小松原郷カラ
来アシタダ」
「そうでしたか。それはまた」
 林太郎は腕組みを解き、しみじみと白い瓜実顔を見なおした。
「たいへんでしたね。わしは、この山小屋から5キロほど山を降りた
新里村清風山部落の出身ですが。小松原郷という村の名は聞いたこと
がないんだがな。小松原郷などという地名は、郷土の地図でも見たこ
ことがないんだが。はじめて聞く地名なんだがね」
「其レァ。其ノォ」
 小榊雪恵は囲炉裏火をじいいっと凝視する。
「当然ノ事デ有リアスダ。郷ノ外デア、熊ノ峠ヲ超エタラバ、熊ニ食ベ
ラレルスケエニ。熊ノ峠ヲ超エテアナラネエ。ソウ言ワレテルソウデゴ
ゼエアスダ。小松原郷ノ外デア、地図ニア無エ幻ノ里ト見ラレテ居ル
ソウデ有リアスケエニ」
「なるほど。それにしても。そのォ」
 林太郎は細い狐目の白い瓜実顔に微笑みかけた。
「なんだか幻想の世界にのめり込んだような気分になってきました。
そういうはなしを聞くと、胸が高鳴り、わくわくしてきますな」
「ハイ。確カニ其ノ」
 雪恵は愛狂しいまなざしで、じいいっと林太郎を見つめる。
「小松原郷ノ外ノ人カラスレア、ソウカモ知レアセン。デアスカラ、アタシ
達、小松原郷ノ郷民ア、郷ノ外ヘ出ル事ガ一切禁止サレテ居ルンデゴ
ゼエアスダ」
「それは酷いはなしだ。いくらなんでも」
 黙りこくっていた山形検事が語気を強めて検事風を吹かせた。
「居住移転の自由を制限するとは、とんでもないことだ。憲法第22条
に反する違憲の問題になる。怪しからんはなしだ」
雪恵「此ノ先生、ナニ言ッテンノカ、アタシニア訳ワカラナイ」
 彼女は胸のなかで呟きながら瓜実顔を山形検事に向ける。
 恥じらいがちになった瓜実顔は、細い狐目を細めて首を傾げる。
「何デ有リアスカ。其ノォ。先生ガ仰言ッタ『キョジュウイテンノジユウ』
トハ、其レニ『ケンポウ』言ウ話ア、今、此処デ初メテ聞ク言葉デ有リ
アスケエニ」
「ああ。それは」
 炉端に積み重ねられて乾いた楢の薪を林太郎は囲炉裏火にくべ、
火吹き竹でふうふう酸素をおくりこんだ。
「むりもない。小松原郷と郷の外とでは、その社会に通用する『規範』
そのものが、かなりおおきく相違してるらしいから。先ほどからの話を
手掛かりにするかぎり、そんな気がしてならないのだ」
「ええと。そのォ」
 山形は白い瓜実顔の細い狐目を見つめた。
「居住移転の自由でしたっけ。これについては、わしから説明しておこ
う。そもそも居住移転の自由というのは、すべて国民は、だれでも自分
の好むところに移転し、居住することができる、ということを意味する。
そういう自由を公権力によって原則として制限されることがない。そう
いう内容の自由なんだな」
「其ノオォ。良クア」
 白い瓜実顔は、ふたたび検事に向けられた。
「判リアセンケド。モウ一ツノ『ケンポウ』言ウノア何ノ事デゴゼエアスカ」
「あのね。そのォ」
 山形は細い狐目に、ドギツク太い男の視線を返した。
「憲法というのは、その国の統治機構の在り方とか国民の基本的人権
などを規定する国家の基本法なんですよ。ですから、その国の政治体
制の在り方は、その国の憲法によって決まってくることになりますね」
「小松原郷ノ外ノ国デア、ソゲエニ大事ナゴ法度ガ有ルト」
「まあね。とにかく、そういうことだ」
 燻りかけた囲炉裏のなかの楢の薪に山形は、尺八のような火吹き竹
で酸素を送り込む。酸素を与えられた囲炉裏火は燃え盛ってゆく。

「兎ア全部バラシアシタ」
 小屋の奥の流し台では、藁縄を束ねた束子で包丁をごしごし擦りなが
ら小榊賢一がうしろを振り向く。
「ああ」
 林太郎は炉端に起ちあがり流し台に向かう。
「どうも、どうも。選手交替 ! あとは、わしが遣るから。炉端で手を炙って
くれ。さぞかし冷たかったろう。指は凍えなかったかな」
「イエ、大丈夫デ有リアス。コゲエナ寒サニア慣レテ居アスケニ。ハイ」 
 濡れた両手をモンペに擦りつけながら賢一は炉端に向かった。
 細い狐目をした白い瓜実顔の左横に正座した賢一は前屈みになって
とろとろと燃える囲炉裏火に手を翳した。
 流し台に留まった林太郎は、ビニール袋のなかから馬鈴薯、人参、葱
などの野菜を摘みあげて水洗いをした。その野菜を俎板のうえに載せ、
野菜刻みには向かない出刃包丁で、いかにも使いにくそうに刻む。
 まず刻み込んだ馬鈴薯と人参を鍋に入れ、タンクのなかの飲み水をそ
そぎ、鍋を携帯用ガスレンジに載せ、ライターで点火する。
 野菜が手ごろに茹であがったところで、細切れの兎肉を鍋にいれる。
 ダンボール箱からだし汁がはいった一升瓶を持ちあげ、沸騰した鍋に
垂らしこんだ。
林太郎「このだし汁は醤油、味醂、砂糖、料理酒などを混合したもので、そ
のまま煮込めるように、林次郎の妻の菜穂子さんがあらかじめ下拵えをし
てくれたものでした。ですから、そのまま使えるので、味見する必要はあり
ませんでした」
 林太郎は最後に葱を鍋にいれた。
 できあがった兎汁を丼によそった。
 それを粗削りの杉板で造ったお盆に載せ炉端にはこんだ。
「お待ちどうさま」
 林太郎は瓜実顔の女のまえにお盆をさしだした。
「捕獲りたての山兎を煮込んだ兎汁をどうぞ」
「澄イアセン」
 細い狐目の白い瓜実顔に微笑を浮かべながら雪恵は深紅の袖裏を覗か
せ、ほっそりした両手で丼のひとつを受けた。
「あ、丼は熱くなってますから、炉端の縁の四隅にある板のうえに載せてくだ
さい。その板はテーブルの代用として、親父が考案した簡易テーブルなんで
すよ。そのうえに丼を乗せてください。炉端の食卓として利用してください」
「なるほど。これは」
 山形は、囲炉裏の縁を右手で撫でた。
「たしかに妙案だ。幅30センチほどの板は、なんのためのものかと、さっき
から首を傾げていたんだが。食卓でしたか。素朴で素晴らしい生活の知恵だ」
 幅10センチほどの囲炉裏の縁の四隅には、幅30センチくらいの板が固定
されている。
「マアア。ナント」
 雪恵は両手で拝むようにしていた丼を自分の脇の簡易テーブルに載せた。
「可愛イイ食卓ダコト ! 」
「山形。賢一君にも」
 林太郎は載せたお盆を山形検事のまえにさしだした。
「丼を手渡してくれないか」
「OK ! さあ、どうぞ」
 山形は丼のひとつをとりあげ賢一に手渡した。
「弁護士さんが造った、とっておきの料理だ。どうぞ召しあがれ」
「澄イアセン」
 胸を張ってきちんと正座した賢一は、鋭い目をいくらか細め、にこ
りとして節くれだった両手で丼を受け、簡易テーブルのうえに載せる。
「山形検事も」
 林太郎は、お盆を山形のまえで支えている。
「熱いうちにどうぞ」
「どうも。それにしても、なんとなく」
 山形は受けた丼を簡易テーブルのうえに載せた。
「原始的な生活にもどった感じだが、この簡易テーブルも、素朴な
生活のなかで考えだされた素晴らしい生活の知恵だね。炉端で火
を囲んで食事をするときの知恵だ」
「それでは」
 林太郎はお盆を炉端の筵のうえに置いて胡坐をかいた。
「兎汁が冷めないうちに、いただきましょう」
 と兎汁を啜りあげる。
「イタダキアス」
 賢一は丼を拝むように押し頂いた。
 雪恵も賢一の仕草を見習った。
「それではいただくとするか」
 山形も兎汁をひとくち啜りあげた。
「おお。これは絶妙な味だ。これだけの味をだせるんだから、弁護士
さんの味付けもたいしたもんだ。お世辞抜きで素敵な味だ」
 山形の絶賛はいくらか冗句めいていた。
「穴があったら」
 椿弁護士は左手に丼を持ったまま右手で頭を掻いた。
「はいりたいところだ。この味付けは、林次郎の妻の菜穂子のものだ。
わしはその出し汁をそのまま鍋に注ぎ込んだだけなんだ。あっ、酒の
燗を忘れてた」
「いや。その」
 山形検事は兎汁の丼を炉端の縁の簡易テーブルのうえに載せた。
「燗をつけないほうがいいんじゃないかな。元日には神棚にお神酒を
供えるはずだが、お神酒には燗をつけないんだから、冷酒でいいよ」
 山形は、こじつけの理由を述べて林太郎の失念を弁護した。
「それもそうだな」
 林太郎は炉端に起ちあがった。
「それじゃ、山形検事のご意見を採用して燗をつけないことにするか」
 と云い残して椿弁護士はお盆を片手に小屋の奥の流し台に向かった。  
 流し台の脇の筵のうえに置いてあったダンボール箱のなかから清酒
の一升瓶をとりだした林太郎は、お盆のうえに盃を載せ炉端へもどった。
「あ、一升瓶では注ぎにくいから徳利にしよう」
 山形は起ちあがり流し台に向かった。流し台の脇の段ボール箱のなか
から、白い肌にブルーの菊模様が焼きつけられた徳利をとりだし、炉端
へ引き返してきた。
 炉端に胡坐をかいた山形は、徳利をお盆のうえに置いて一升瓶から
徳利に清酒を垂らしこむ。
「どうぞ」
 と、林太郎は雪恵に盃を勧め清酒を注ぐ。
「さあ、どぞ」
 山形も賢一に盃を勧めお神酒を注ぐ。
「弁護士さんもどうぞ」
 冗句紛いに微笑みながら山形は、林太郎の盃に清酒を注ぎ、自分の
盃にも清酒を注いだ。
「それでは」
 椿弁護士は右手で盃を肩まで掲げた。
「盃がゆきわたったところで乾杯しましょう。2000年の元旦おめでとう」
「御眼出度ウゴゼエアス」
「おめでとう」
 みんなで盃を翳し乾杯した。
 林太郎は盃を簡易テーブルのうえに置き、炉端に重ねられていた楢
の薪を囲炉裏火にくべたした。くべたされた奈良の薪はひとしきり燻り
つづける。やがて、とろとろと炎をあげてゆく。薪の燃える匂いが炉端
から屋根裏に陽炎のようにたちのぼる。
 小榊賢一は、炉端をぐるりと一周して林太郎の右脇に座った。
「どうぞ。ベンゴシさん」
 賢一は椿弁護士のさしだす盃に酌をする。
「アノォ。先程カラ、ベンゴシサン云ウ言葉ガ出テキアシタガ。ベンゴシ
ト云ウ職業ア、便利屋サンノ事デ有リアスカ」
 幼児が人にものをたずねるときのように、素朴な顔で賢一は椿弁護士
の顔を覗き込んだ。
 椿弁護士はせせら笑いをする。
「あのね。弁護士という職業は」
 山形検事は、雪恵の酌を受けながら椿弁護士を代弁する。
「なんでも引き受ける便利屋とはちがうんだな」
「ベンゴシア、便利屋トア、ドゲエニ違イアスカ」
 賢一は向きになって鋭い眼光を山形検事に照射する。
「これは難しい質問だね。まあ。ひらたく云えば弁護士という職業は法律
を弄くりまわしながら相談に来た人つまりクライアントの面倒をみるという
仕事をするローヤーなんだがね」
「サッパリ判リアセン。クライアントダノ、ローヤーダノ。俺ア学問ガネエデ
デスケエニ。只、人ノ面倒ヲ見ル偉イ先生ダト云ウ事ダケア判リアシタダ」
「まあ。人の面倒をみるということが判ればそれでいい」
 山形検事は苦笑する。
「ダッタラ」
 賢一は、山形検事の顔を見据えたまま、鬼の首を取ったような表情になる。
「ベンゴシサンモ、相談ニ来タ人ノ世話ヲスルンダスケエ。ヤッパリ、便利屋
サント同ジジャネエデアスカ」
「まあ、そういわれてみれば、弁護士も便利屋のようなもんかもしれない。ねえ、
そうじゃないかね。椿林太郎弁護士 ! 」
 冗句紛いのイントネーションで山形検事は苦笑する。
「ヘエエ。此ノ先生ガ、ベンゴシサント云ウオ人デ有リアスカ。ベンゴシサント
云ウオ人ア、コウイウオ顔ヲシテイナサルンダ。偉イ先生ニ失礼シアシタ」
 椿弁護士は、黒く錆ついた火箸で燃え崩れた楢の薪を繕った。彼の項には
白いものがちらつきはじめていた。額がひろく澄み切った目は二重瞼で煌々
と輝き、見るからに理知的な風貌であった。
 それはアブラののりきったローヤとしての風格だった。
 賢一の目は、なにかに憑かれたように椿弁護士の横顔に釘付けされた。
「ジロジロ、ソンナニ」
 小榊雪恵はジェラシーのまなざしを賢一に向けた。
「人ノ顔ヲ見トルノア、イケネエダ。賢チャン」
 雪恵は賢一を嗜めた。
「御免ナサイ。失礼バ致シアシタ」
 賢一は肩まで垂れた長髪を波打たせぺこりと頭をさげた。
 いささか滅入った姿勢で賢一は炉端を一周し自分の席にもどった。
「それにしても、これまで」
 林太郎は黒く錆付いた火箸を囲炉裏の灰のなかに突き刺した。
「君達の身元調査ばかりしていて、こちらの自己紹介を忘れていた。
ごめんなさい。お詫びします。そこで、あらためて自己紹介をします。
わしは弁護士の椿林太郎ですが。こちらの先生は、検察官の山形
権之介検事だ。よろしく」
 林太郎は、長髪を肩まで垂らし精悍な目つきをした賢一と、細い
狐目で白い瓜実顔をした雪恵をじいっと見くらべた。
「ソウデアスカ。オ二人サントモ」
 賢一は炉端の筵のうえで一段あとじさりした。
「偉イ先生ナンダ。初手カラ、只ノ鉄砲撃チジャア無エト思ッテ居ア
シタガ。ソウトハ知ラズ御無礼オバシアシタ。御免ナサイ。此ノ通リ
オ詫ビ致シアス」
 小榊賢一は長髪を波打たせ筵のうえに額を擦りつけた。
「なにも、そんなに」
 林太郎は、ちらっと賢一に視線を浴びせた。
「詫びることないよ。便利屋さんも、弁護士も、みんなおなじ血の通っ
てる人間なんだ。弁護士だの検察官だのといっても、なにも特別の
人間ではない。お腹が空けば食べ物を物色する。食べれば排便も
する。疲れてくれば眠くもなる。むかついてくれば女も抱く。みんなお
なじ人間なんだからね」
「ソウナンデ有リアスカ」
 賢一は疑問のまなざしを林太郎に浴びせた。
「デモ、小松原郷ジャ、1人ダケ身分ノ異ナッタ、神様ノヨウニ崇メラレ
テ居ル御仁ガ居りアスダ。其ノ御仁ア、現御神トカ現人神トカ呼バレ
テ居リアスダ。其ノオ人ア、此ノ世ニ人ノ姿ニナッテ現レタ神様ダト教
エラレテ居リアスダ。ハイ」
 爛々と輝く精悍な目つきをした長髪の青年は、椿弁護士がコメント
した人間平等の理念に対し、たしかに疑念をさし挟んだ。


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