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作品名:目には目を歯には歯を 作者:藤田耕太郎

第22回   残虐な模倣犯

               【残虐な模倣犯】

美枝子『あたしが目を瞑(つぶ)ったまま下腹部の痛みに堪えていると、
ある瞬間(しゅんかん)、膣周辺の下腹部の緊張が解消し、急にラクに
なりました。なんといいますか。こう、ぽそりとなにかが抜けたような
感じになりました。目を開けてみると、竹山があたしのお腹のうえで、
げんなりしていました。気づいたときには、竹山のうしろには力を
込めて竹山の首を絞めつづけている落合賢次医事課長の羅刹(らせつ)
の姿が浮かびあがりました。そして課長は、ぐったりした竹山をあたし
から引き離しました。あとで、よく考えてみると、竹山に襲われてあたし
が絨毯(じゅうたん)のうえに押し倒され、むりやり、あたしの大切な
下腹部のポケットに挿入した竹山のペニスが、あたしのバギナに
噛み締められ、結合されて密着したふたつの肉体は、専門的な
知識と技術を有する医師の手当てがなければ、引き離すことが
不可能だったのでしょう』

 伏し目がちに語りつづけた多摩美枝子は肩をおおきく揺すり、
ふうっと深い溜め息を吐いた。
「なるほど。そうでしたか。医学上のことは調べてみないと正確な
ところはわかりませんが。結合され密着されたふたつの肉体を
引き離すためには、少なくとも膣の痙攣(けいれん)状態を解消
することが前提となるでしょうから、それなりの専門的な手当てが
必要になることでしょうな」
「はい。実際に経験したあたしも、そうだとおもいます。それなのに
ふしぎにもぽそりと堅いものが抜けたような気がしてあたしの下腹部
は急にラクになりました。あれほど堅く絡みあって抜けなかった
ものが、どうしてまた、ぽそりと抜けたんでしょうか。ふしぎでなり
ませんでした」
「そうですね。医学の素人(しろうと)の勘ぐりにすぎませんが。おそらく
落合課長に首を絞められて竹山が窒息した結果、竹山のペニスが
弛緩(しかん)したため、自然に、するっとあなたのバギナから
脱去(だっきょ)したのでしょう。そのあとはどうなりましたか」
「はい。我にかえった、あたしは、医事課長に恥ずかしいところを
見られたと、全裸のまま浴室に駆け込みました。
 シャワーを浴びて着替えをしてから客間にもどってみると、落合課長は
革のベルトを握ったまま呆然(ぼうぜん)と起ちつくしていました」
「それにしても、その夜、医事課長はなんでまた、あなたのマンション
を訪ねたのでしょうか」
「はい。実はその。松瀬が殺害されてからは、課長はあたしのことを
心配してくださって、夜の八時前後には『だいじょうぶか。なにか
変わったことはないか』と顔をだしてくださっていたのです。あたし
が『コーヒーを炒れますから』とお誘いしても、課長はドアから
顔を覗かせるだけで、いつもそのままお帰りになりました。ですから
あの夜も、いつものように顔をだしてくださったんでしょう。多分、
インターホンを押しても応対がなかったものですから、これは
変だとおもい入ってきたものとおもっています」
「そうかもね。はなしが長くなって、杉山君がだしてくれた麦茶が
温くなってしまいました」
「ただいま、冷たいものと取り替えますから」
 杉山検察事務官は、それまで多摩美枝子の供述を録音していた
テレコの電源をきり、冷たい麦茶に氷をおとしテーブルにはこんだ。
「冷たいものをどうぞ」
 五十嵐検事は、ふっくらとした紅茶用のカップに手をかけた。
「恥ずかしいおはなしばかりで喉(のど)が渇きました。さっそく
いただきます」
 瓜実顔の女はカップを両手で包むようにして麦茶をすすった。
「それでは、そのあとのことを教えてください」
 五十嵐検事は、瓜実顔に憐憫(れんびん)のまなざしを向ける。
 杉山検察事務官は自分のデスクにもどりテレコの電源をいれた。
「それでは、そのあとのことをおはなしいたします」
 多摩美枝子はテーブルに目をおとし、ふたたび語りだした。

美枝子『あたしは、革バンドを握ったまま呆然と起ちつくしている
落合課長の姿をみて、これはたいへんなことになったと頭のなか
が真っ白になりました。竹山にレープされているあたしを救う
ために、竹山の背後から羽交い絞めにして、あたしを竹山から
引き離そうとしたけど、容易に離れなかったし、課長が竹山を引っ
張りあげるたびに、あたしが悲鳴をあげたため、課長はおそらく
咄嗟(とっさ)の機転で、これは殺(や)るしかないとおもったんでしょう。
ただもう反射的に自分の腰からベルトを引き抜き、その背後から
竹山事務長をを絞めつけたのではないでしょうか。なんといいますか。
その緊急避難なのか、それとも正当防衛なのか。法律の素人の
あたしにはよくわかりませんけど・・・・』

 そこまで語りつづけてきた多摩美枝子は、ほろりと涙を零(こぼ)した。
「おそらく落合課長には、『防衛の意思』ないしは『避難の意思』が
あったものと考えられます」
 五十嵐検事は独り言のように呟(つぶや)き腕を組んだ。
「それで、そのあとはどうされましたか」
 検事は瓜実顔と視線をあわせた。
「はい。あたしは落合課長の肩に手をかけ、ソファーに座らせました。
そのまましばらく声もでませんでした。これまでドラマでしか見たことが
ない恐ろしい光景が目のまえで起こり、あたしはからだの慄(ふる)え
がおさまりませんでした。なにはともあれ、これからのことを考え
なければならないとおもいました。あたしはキッチンに起ち、熱い
コーヒーを炒(い)れ課長に勧(すす)めました。課長は黙りこくって、
慄える手でコーヒーを啜(すす)りました」
「ほう。それからどうされましたか」
「はい。とにかく」
 多摩美枝子は慄えながらグラスに手をかけた。
「これから竹山の屍体をどうするかと、ふたりで話しあいました」
 麦茶を啜りあげた瓜実顔は噎(む)せかえして咳(せ)き込んだ。
「すでに落合課長も亡くなりましたけど。もし生存していたならば、
やっぱり殺人罪で起訴されたんでしょうか」
「そうですね。不起訴ということも考えられますが。仮に起訴された
としても、弁護人は正当防衛にもとづく無罪の主張をすることに
なりましょう」
「そうですか。無罪の主張ができるんですか」
 検事室の壁に掛けられた黒い縁取りをした円い壁時計の長針が
ぴくりとうごき午前11時30分になった。
「ええと」
 五十嵐検事は腕時計をたしかめる。
「もう、こんな時間か。ちょっと早いが昼食にしましょう。杉山君、
食堂に電話をいれて天丼を3人まえ届けさせてくれないか。多摩さん。
いま食事がでますから。しばらく休憩しましょう」
 五十嵐検事はソファーを離れ検事デスクに向かった。
「すみませんが。ちょっと」
 多摩美枝子はソファーの脇に起ちあがった。
「トイレを拝借させてください」
「あ、トイレは廊下のいちばん奥の左側になってますから」
 杉山検察事務官はデスクのうえで受話器をとりあげた。

 五十嵐検事室の壁時計の長針がぴくりとうごき午後1時になった。
 杉山検察事務官は、五十嵐検事と多摩美枝子が対座しているソファー
のテーブルのうえに冷たい麦茶をはこんできた。
「どうも、すみません」
 瓜実顔は杉山に微笑みかけた。
 杉山検察事務官は自分のデスクにもどり、テレコの電源をいれた。
「それでは」
 五十嵐検事は麦茶のグラスに手をかけた。
「腹ごしらえができたところで、そのあとの事情を詳しくお聞かせください。
真実をそのままお聞かせねがいましょうか」
「はい。それでは、その後の経過をおはなしもうしあげます」
 多摩美枝子はテーブルのうえに視線をおとして語りだした。

美枝子『それから、かなりの時間、沈黙がつづきました。壁に掛けられた
オルゴール時計が夜の10時を告げました。
「もう、殺ってしまった以上、どうにもならない。やむなく松瀬教授殺害事件
を模倣して、松瀬殺しの犯人と同一犯人の犯行と見せかけるための
偽装工作をするしかない」
 と、課長はいいだしました。
「そうね。あたしは、なにもできないから、すべて課長さんにおまかせします」
 あたしが、そういうと、課長はソファーのうえに衣類を脱ぎ捨てパンツひとつ
になりました。
「浴室はどこか」
「はい。こちらです」
 といいながら、あたしは客間から浴室に向かいました。浴室のドアを開けて
うしろを振り向くと、課長は竹山の亡骸(なきがら)を引きずってくるところでした。
あたしは壁側に後じさりして道をあけました。課長は浴槽の近くまで亡骸を
はこび、その衣類を剥(は)ぎ取りながら、
「出刃包丁はないか」
 というので、あたしは、
「出刃包丁はないが、文化包丁ならあります」
 とこたえました。
「それでもいいから」
 と課長はいうので、あたしは、身慄(みぶる)いしながらキッチンから文化包丁を
持ちだし、課長に手渡しました。
「これでよし、あとはオレにまかせて、君は客間でやすんでいてくれ。君が見て
いないほうが遣(や)りやすいからな」
 と、課長にいわれたので、あたしは客間にもどりました。あたしは、なんだか、
寒気がしてきたので、寝室からタオルケットを持ってきて、ソファーのうえで横に
なりました。あたしはどうなることかと心配でしたが、全身が疲労困憊(こんぱい)し
ていたせいか、いくらか蕩(とろ)けました。
 あたしは、おおきな蛇に噛(か)みつかれそうになり悲鳴をあげてソファーのうえに
跳ね起きました。
「魘(うな)されたか」
 と、血のついた包丁を手にした課長が目のまえに起っていました。
「カミソリはないか」
 と課長はあたしに訊(たず)ねました。
「あります。いますぐに」
 あたしは、あたふたと寝室へゆき、鏡台の抽斗(ひきだし)から、昔ながらの
和式の真新しい剃刀(かみそり)を取りだしました。この和式の剃刀は、父の梅吉が
来たときに使わせるつもりで、3本セットを小川町の刃物店で求めていたものです。
父は昔気質(かたぎ)の植木職人でして電気カミソリなど嫌っていたものですから。
あたしが客間にもどってきたときには、課長の姿は消えていました。あたしが
急いで浴室を覗いてみると、両眼と両耳がなくなった亡骸が全裸のまま大の字に
なってタイルのうえに放置されていました。よくみると、ピンクの洗面器のなかには
ふたつの耳と二個の目玉が投げ込まれておりました。
 あたしがカミソリを課長に渡しました。
「よく砥(と)いであるか」
 と課長がいいました。
「まだ、新しいものです」
 というと、課長は黙って亡骸の髪の毛を剃りはじめました。あたしは悲鳴をあげて
客間にもどりました。
 あたしは、からだが慄えるので、タオルケットに包まり、じっと息をひそめました。
やがてからだの慄(おのの)きもおさまったので、そっと浴室を覗いてみました。
すると亡骸の頭はまるで修行僧のおつむように、きれいに肌を露出していました。
課長は亡骸の両足をめいっぱい開脚させ、その陰部に石鹸(せっけん)をまぶし、
陰毛をしょりしょりと剃りおとしました。よくたしかめてみると、竹山があたしに襲い
かかり、あたしの『禁断のホール』に挿入したはずのペニスがなくなっていました。
亡骸の局所だけ見たのでは性の区別がつかなくなっていました。おもわず洗面器の
なかに視線をながすと、両方の耳の脇には、ややスリムな筋肉の棒が放り込まれて
いました』

 そこまで語りつづけた多摩美枝子は、くちを噤(つぐ)み、美貌(びぼう)の瓜実顔は
醜く引き攣(つ)り、からだは慄えていた。
「そうでしたか。たいへんなシチュエーションでしたね。その犯行状況からすれば、
松瀬教授殺害事件の模倣犯というところです。残虐な犯行ですな」
 五十嵐検事は、検事室のムードを和らげようとライターでタバコをつけた。


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