本田修平は、あせっていた。 都会の空梅雨はどんよりした曇り空の上、湿度が異常に高いのに雨は降らず、部屋のパソコンの熱が否応なしに体力を奪うことに拍車をかけていた。 納品日が近い上に、エアコンのないこの部屋のPCはいつ熱暴走を起こして、フリーズしてもおかしくない。
修平は半年前を思い出していた。
「あいつが来なきゃ、こんな仕事やらずにすんだのに・・・」
と、口に出してから、またキーボードのキーをたたき始めた。
あれは半年前、正月の話だった。 突然事務所に、若い男が現れアダルトサイトを作ってくれと言い出した。別に仕事も立て込んでいるわけではなく、30万で引き受けた。1ヶ月で30万ならまぁ材料さえ揃えば3週間で完成させられる。
しかし、事はそんなうまく運ばなかった。相手がサイト作成の基礎を知らない上、材料をひとつも作っていないという有様だった。 その上、厄介なことを言い出した。ほかのサイトそっくり真似しろというのだ。デザイナーにとって屈辱的だし、どのサイトにもコピー禁止といううたい文句が書いてある。 事情を説明し、それはできないというと、近くの同じ系列のサイトで顔見知りだから許可は取るという触れ込みだった。 しぶしぶ承諾してデザインだけ変えて、中身はほとんど同じというサイトが出来上がった。結果、とんでもない事が起こった。 修平はそのことが原因で大きな借金を背負うことになり、また、それがずっと尾を引く結果になっているのである。
2時間が経過した。修平は出来上がった書類を鞄に詰め込むと、出かける用意をし始めた。修平の家は東上線上にあり池袋までは近かった。 池袋から乗り換えてJRを使っても急げば30分以内で新宿まで間に合う。修平は白いTシャツに着替えるとGパンに財布を突っ込みアパートから飛び出した。
電車の中はかなりごった返していた。5時を過ぎているせいか、ちょうど帰りのラッシュとぶつかったらしい。 池袋も、週末と重なったせいか、人があふれている。とにかく、この仕事が終わったら急遽仕事を入れないと今後の生活が危ぶまれた。 こんな仕事のために、人生棒に振りたくはない。
新宿に着いた。大急ぎで新宿3丁目出口に向かう。 半ば急ぎ足で時計を見ると約束の時間に5分前だった。間に合うなと、安堵感が走った。ごった返す人並みの中にはこれから出勤なのであろう化粧の濃い若い女が半ば半裸と思わせるような格好でまえの階段を上がっていく。 新宿という町は、いまや巨大歓楽街であるが、新しく施行された風営法で夜の街は変貌を遂げていた。 インターネットの普及から、風営法の改正により、看板撤去・ネオン禁止、セクキャバ・ソープといった店は看板を下ろし、客はアンテナショップで店を探すという奇妙な構図が生まれている。 店を探すにはネット検索をするわけだが、実態のある店は検索されても、小さな店は検索対象外。薄暗い暖簾に18禁のマークといういかにも如何わしい店になってる。
修平は目的の喫茶店に着くと、自分のほうが早かったことに安堵し、いつもの席に腰を下ろした。
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