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作品名:だに 作者:海老沢 智

第1回   記憶1
朝天気がよかったというのに、なぜか急激に昼過ぎから暗くなってきた。
浅野 静は76になる。裏山に遅咲きの蕨を取りに来ていた。近年、山に入る者が少なくなり山は荒れ放題だが、静の持っている山は手入れが行き届き山菜もよくとれた。
 連れ合いを亡くして20年、息子、娘には恵まれたが、静は一人でその主のなくなった家を守り都会で暮す子供に山の幸を送ることが習慣になっていた。
今年は空梅雨のせいなのか、山菜はあまり目立たなかったが、日陰には三つ葉がたくさん出ている。
 静は山菜取りの手を休め、麓のほうを見下ろした。静の家は道路沿いにありかなり大きな屋敷である。最近、建て直したせいで、道路から奥まり、山道への道がよく見えた。
 静の家の前の道は、峠を越えれば、隣町に抜けられる。間違って時々東京のほうから車が入ってくるかが、大抵それはちょっと上のキャンプ場にとまりに来る客が間違うくらいだった。

 1台の車が家の前の町道を通らず、こちらに向かってきた。
道が狭くなるので、途中でUターンをしなくては あの大きさの車では無理なことくらい静にもわかる。

 「また、東京もんかぁ・・・誰だ?」

口に出すか出さないかの間に、男が車から降りると後ろと前を比べながら、道路までの距離を測っているようだった。

 静は、そのことには興味を示すことなく、山菜を取り始めると籠につめ、さっきの道に目をやった。すでに時間がたったのか車の姿はなく、小道を下っていくと小雨が降り出していた。道路に赤いものが見える。それは、なんとかいうお菓子やのキャラクター人形で、静もよく知っていた。
 拾い上げ籠に放り込むと、静はそそくさと家路を急ぎ、車の記憶は遠く脳内の置くにしまいこまれた。


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