体が動かない。 首から下が地面に埋まっている。 僕は目を開けた。 寒い。 砂漠は消えていた。辺りは一面の荒野だ。白茶けた硬い土。所々に生えている草が風に吹かれている。 そして僕もそれらと同じように、土に埋まって、頭だけ地上に出して、風に吹かれている。 僕はどうしてしまったのだろう。 「望んだんだろう。」 何を?
カゼニノリ ツチニウモレ クウキニトケテ セカイノハテデ セカイノイチブニナル
耳鳴りに襲われて目を見開いた。 両腕を思い切り持ち上げる。思いの外簡単に腕は土を切り裂き地上に現われた。 飛ばされた土片が顔にかかる。目が痛い。喉が痛い。咳き込む。音がうるさい。 強く耳を塞いだ。 音が止まない。 目を閉じる、きつく、奥歯を噛む。 呻き声が漏れた。記憶している限り初めて、僕は空間≠ナ声を出した。 溢れた砂をすくうようにそっと、天使が僕の口を塞いだ。首に手枷から垂れた鎖が触れる。 冷たい。 「目を開けろ。」 天使が囁く。耳鳴りが止んだ。 耳を塞いだまま、口を押えられたまま、僕は目を開けた。 荒野はどこまでも続いている。 多分、ここは誰も知らない場所だ。気配がない。 寂しい。 ここは寂しい。
「見えるか。」 何が。 「お前の望むものが。」 僕の望むもの?
違う、僕はこんなものを望んではいない。
どうして、こんな景色を見せるのか。 どうして、突然僕の空間≠ノ現われたのか。 君が来てから、僕の世界は変わってしまった。 「こんなものは世界じゃない。」
コンナモノハ セカイジャナイ
世界じゃない…? ならば、ここは。
「わからないのか。」
ここは空間≠セ。
「そうだ。ここはどこだ。」
ここは空間≠セ。僕の世界だ。
「こんなものは世界じゃない。」
どうして。 どうしてそう言い切る?ここは僕の世界だ。僕だけの空間≠セ。 君のいる場所じゃない。
「わかった。」
夢を見た。 あの夢の続きらしい。 僕の背中に生えた黒い羽は、僕を地面に縛りつける。 飛びたい。解放されたい。 僕は空を見上げる。 空は、青くなかった。 世界は色褪せている。 僕の腕からも根が生えた。更に僕を地面に縛りつける。 けれど僕は、もう抵抗しなかった。 色褪せた空を飛びたいとは思わなかった。 世界は唐突に歪み始めた。鉄が溶けるように歪み始めた。 背中の羽が溶けていく。僕は動かない。 世界の歪みに抵抗しない。 僕は、溶けた。
両側に続く高い壁が、高層ビルの外壁だと気付くのに時間がかかった。 迷路のようだ。 細い路地をゆっくりと歩いていく。 見上げた空は青かった。 教室から見る空よりも更に小さく切り取られている。 僕は一人で歩いていた。 何の疑問もない。それが当たり前だ。そう信じて疑わない。そう思いたい。 そう願っている? 僕の頭は音のない言葉に埋め尽くされている。僕は一人で、空を見上げながら歩いていた。
視界にビルの切れ目が映る。路地を抜けるらしい。 恐怖で顔が引きつった。 気配がする。 迷路の果てから、大勢の人間の気配がする。
ここは、どこだ?
荒ぐ呼吸を潜めるように喉元を押えて目を閉じる。 ゆっくり、歩いていく。 怖い。 進みたくないのに、足は止まらない。着実に出口へと向かっている。 瞼に光が当たる。迷路を抜けたようだ。 深呼吸をしようとして失敗した。息が震える。 僕は目を開けた。
太陽の光が眩しい。 横を掠めていく自転車を目で追う。後ろ姿に見覚えがある。クラスメイトだったろうか。 横断歩道で止まり、振り向いたその顔は、全く知らないものだった。 カバンを持ち変えようとして手が滑り、アスファルトに落としてしまった。何だか妙に怠くてすぐに持ち上げる気になれない。 後ろから来た男子生徒が代わりに拾ってくれた。僕の顔を見て何かを告げる。僕も適当な言葉を返す。 知り合いらしい。連れ立って歩き出した。 彼の言葉は僕に投げられ、僕はそれに言葉を返す。彼はまた言葉を投げる。僕は投げ返す。 返す。
僕の言葉は、彼に届いているのだろうか。
彼は溜め息をついた。
世界が少し色味を増した。
彼がついた溜め息の先を追う。 見慣れた校舎が姿を現した。 今日も、現実味のない時間が始まる。
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