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作品名:さよなら世界…僕らのキヲク… 作者:火村擁

第8回   A 雑音 (その5)
体が動かない。
首から下が地面に埋まっている。
僕は目を開けた。
寒い。
砂漠は消えていた。辺りは一面の荒野だ。白茶けた硬い土。所々に生えている草が風に吹かれている。
そして僕もそれらと同じように、土に埋まって、頭だけ地上に出して、風に吹かれている。
僕はどうしてしまったのだろう。
「望んだんだろう。」
何を?




カゼニノリ ツチニウモレ クウキニトケテ
セカイノハテデ セカイノイチブニナル




耳鳴りに襲われて目を見開いた。
両腕を思い切り持ち上げる。思いの外簡単に腕は土を切り裂き地上に現われた。
飛ばされた土片が顔にかかる。目が痛い。喉が痛い。咳き込む。音がうるさい。
強く耳を塞いだ。
音が止まない。
目を閉じる、きつく、奥歯を噛む。
呻き声が漏れた。記憶している限り初めて、僕は空間≠ナ声を出した。
溢れた砂をすくうようにそっと、天使が僕の口を塞いだ。首に手枷から垂れた鎖が触れる。
冷たい。
「目を開けろ。」
天使が囁く。耳鳴りが止んだ。
耳を塞いだまま、口を押えられたまま、僕は目を開けた。
荒野はどこまでも続いている。
多分、ここは誰も知らない場所だ。気配がない。
寂しい。
ここは寂しい。




「見えるか。」
何が。
「お前の望むものが。」
僕の望むもの?

違う、僕はこんなものを望んではいない。

どうして、こんな景色を見せるのか。
どうして、突然僕の空間≠ノ現われたのか。
君が来てから、僕の世界は変わってしまった。
「こんなものは世界じゃない。」




コンナモノハ セカイジャナイ




世界じゃない…?
ならば、ここは。

「わからないのか。」

ここは空間≠セ。

「そうだ。ここはどこだ。」

ここは空間≠セ。僕の世界だ。

「こんなものは世界じゃない。」

どうして。
どうしてそう言い切る?ここは僕の世界だ。僕だけの空間≠セ。
君のいる場所じゃない。

「わかった。」





夢を見た。
あの夢の続きらしい。
僕の背中に生えた黒い羽は、僕を地面に縛りつける。
飛びたい。解放されたい。
僕は空を見上げる。
空は、青くなかった。
世界は色褪せている。
僕の腕からも根が生えた。更に僕を地面に縛りつける。
けれど僕は、もう抵抗しなかった。
色褪せた空を飛びたいとは思わなかった。
世界は唐突に歪み始めた。鉄が溶けるように歪み始めた。
背中の羽が溶けていく。僕は動かない。
世界の歪みに抵抗しない。
僕は、溶けた。





両側に続く高い壁が、高層ビルの外壁だと気付くのに時間がかかった。
迷路のようだ。
細い路地をゆっくりと歩いていく。
見上げた空は青かった。
教室から見る空よりも更に小さく切り取られている。
僕は一人で歩いていた。
何の疑問もない。それが当たり前だ。そう信じて疑わない。そう思いたい。
そう願っている?
僕の頭は音のない言葉に埋め尽くされている。僕は一人で、空を見上げながら歩いていた。




視界にビルの切れ目が映る。路地を抜けるらしい。
恐怖で顔が引きつった。
気配がする。
迷路の果てから、大勢の人間の気配がする。




ここは、どこだ?




荒ぐ呼吸を潜めるように喉元を押えて目を閉じる。
ゆっくり、歩いていく。
怖い。
進みたくないのに、足は止まらない。着実に出口へと向かっている。
瞼に光が当たる。迷路を抜けたようだ。
深呼吸をしようとして失敗した。息が震える。
僕は目を開けた。





太陽の光が眩しい。
横を掠めていく自転車を目で追う。後ろ姿に見覚えがある。クラスメイトだったろうか。
横断歩道で止まり、振り向いたその顔は、全く知らないものだった。
カバンを持ち変えようとして手が滑り、アスファルトに落としてしまった。何だか妙に怠くてすぐに持ち上げる気になれない。
後ろから来た男子生徒が代わりに拾ってくれた。僕の顔を見て何かを告げる。僕も適当な言葉を返す。
知り合いらしい。連れ立って歩き出した。
彼の言葉は僕に投げられ、僕はそれに言葉を返す。彼はまた言葉を投げる。僕は投げ返す。
返す。




僕の言葉は、彼に届いているのだろうか。




彼は溜め息をついた。

世界が少し色味を増した。

彼がついた溜め息の先を追う。
見慣れた校舎が姿を現した。
今日も、現実味のない時間が始まる。


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