照りつける日射しが熱い。焼けてしまいそうに熱い。 太陽は消えたはずなのに。 太陽は消えたはずなのに! 僕は倒れている。 砂の上。からからに乾いた砂の上。俯せに倒れていた。 怠い。体が重い。僕は壊れてしまったのだろうか。
僕は目を開けた。 ゆっくり、目を開けた。 遥か遠くに地平線が見える。ただひたすら乾いた砂が続いている。そこは砂漠だった。絵に描いたような砂漠。写真でしか見たことのない砂漠。どうして僕はここにいるのだろう。 ああ、そうだ。 僕は、風に運ばれたんだ。 上昇気流に乗って、突風に巻き込まれて、こんなところまで飛ばされてしまったんだ。 竜巻に乗って、きっとものすごい速さで飛んできたのだろう。だから息ができなかったんだ。だから体が千切れそうだったんだ。 すごい。僕は空を飛ぶことだってできる。鳥の翼が欲しいなんて、そんな夢みたいなことを言わなくても、僕は空を飛ぶことができたんだ。
熱い。
高揚する気持ちとは反対に、体はどんどん砂の大地に埋まっていく。そんな感覚。やはり叩きつけられたのがいけなかったのか。 きっと、屋上から飛び降りるときはあんな感覚なのだろう。唐突過ぎて楽しむ余裕はなかったけれど。それでも、風の中から投げ出されて地面に叩きつけられる直前、ふっと体が浮いたような気がした。 何だろう、あの感覚。ジェットコースターに乗った時のような。高い、高いところまで上り詰めて、落ち始めた瞬間。下りのエレベーターに乗っている時にも似ている。そういえば、エレベーターに乗っている時には必ず、もしあのワイヤーが切れたらどうなるのだろうと考える。幸いにも僕が乗っている時に切れたことはないし、切れたところも見たことはないけれど。それでも絶対に考えてしまう。もし今ワイヤーが切れて、この小さな箱が、乗っている人間諸共落下したらどうなるのだろう。本当に押し潰されてしまうのだろうか。 そんなのは嫌だ。あんな小さな箱が潰れて、中にいる人間が天井に押し潰されたら、きっとみんなくっついてしまうに違いない。 そんなのは嫌だ。くっつくのは嫌だ。きっと気持ち悪い。
熱い。
僕は何をしているのだろう。 本当に焼かれているようだ。段々と、体の水分が奪われていく。このままここにいたら、僕は影になってしまう。消えたはずの太陽に焼かれて、焦げて、この形のまま砂の上に僕の影が残る。いつか見た写真のように。 でもここは砂漠だから、誰も僕の影を写真に写したりしないだろう。僕の影は誰にも見つけられず、悲しまれることもなく、何の悲惨さを訴えることもなく、ただここに在り、そしていつか影さえ溶けて、僕の存在は本当に消えてしまうのだろう。 そうか。 これが風化ということか。 これが本当の風化ということか。 こうして何千、何万という人間が地面に溶けていったのか。 そして、僕もその一人になるのだろうか。 ここで、このまま。
「死んだのか。」 声がした。はっきりと耳の奥に響く声。 僕の上に影が落ち、太陽の熱を遮った。 指を動かして砂の表面をなぞる。これほどの熱に晒されていながら、中の方は冷えていた。探るように砂を避けて指先を奥へと潜り込ませる。 冷たいものが、僕の首を掴んだ。 背筋が竦む。突然の温度の変化に体が驚き、落ち着いた鼓動がまた速度を上げた。 掴む力が強まっても、僕は何の抵抗もできずに体の力を抜いた。そんな力は残っていない。 だが、掴まれた首に感じる冷たさは、溶けかかっていた体の輪郭を際立たせた。砂と一体化する寸前で、僕の体は形を取り戻す。 「何を恐れている。」 体に力が戻っても、砂の上に俯せていた。この場所では、その姿勢が一番相応しいように思えた。 「死ぬことか。」 何を言っているのだろう。 さっきよりも大きく響く声は、反響し過ぎて届かない。僕には理解できない。 急激な状況の変化に疲労感が募る。体が再び沈み始めた。 僕は目を閉じた。
風が冷たい。 今は何月だったろう。 ポケットに入れた手がかじかんでいる。手袋が必要だ。持っていただろうか。 鞄を探る。入っていない。 今は、九月だ。現実世界はまだ夏の暑さを捨てきれていない。 背後から急き立てるように照らす夕日に、コンクリートに固められた街が嫌な臭いを発している。雨上がりの臭い。 昨日、雨が降った。 一昨日だったかもしれない。 どうでもいいことは記憶にすらならない。触れない、届かない。 夕暮れに残る熱に辟易しながら、人々は道を急ぐ。前を見つめながら、しかし必要だと判断したものしか見てはいない。いらないものは無意識の内に切り捨てられていく。 彼らにとっての僕は、いつか降った雨以下の存在でしかない。 僕は記憶にすらならない。必要ない。 僕は?
僕は、どうだろう?
人々が、黙々と歩いている。 なのに、どうして世界は雑音に溢れているのだろう。 うるさい。音が止まない。 人々が、黙々と歩いている。 世界を切り捨てながら歩いている。 僕は目を閉じた。
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