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作品名:さよなら世界…僕らのキヲク… 作者:火村擁

第7回   A 雑音 (その4)
照りつける日射しが熱い。焼けてしまいそうに熱い。
太陽は消えたはずなのに。
太陽は消えたはずなのに!
僕は倒れている。
砂の上。からからに乾いた砂の上。俯せに倒れていた。
怠い。体が重い。僕は壊れてしまったのだろうか。

僕は目を開けた。
ゆっくり、目を開けた。
遥か遠くに地平線が見える。ただひたすら乾いた砂が続いている。そこは砂漠だった。絵に描いたような砂漠。写真でしか見たことのない砂漠。どうして僕はここにいるのだろう。
ああ、そうだ。
僕は、風に運ばれたんだ。
上昇気流に乗って、突風に巻き込まれて、こんなところまで飛ばされてしまったんだ。
竜巻に乗って、きっとものすごい速さで飛んできたのだろう。だから息ができなかったんだ。だから体が千切れそうだったんだ。
すごい。僕は空を飛ぶことだってできる。鳥の翼が欲しいなんて、そんな夢みたいなことを言わなくても、僕は空を飛ぶことができたんだ。




熱い。




高揚する気持ちとは反対に、体はどんどん砂の大地に埋まっていく。そんな感覚。やはり叩きつけられたのがいけなかったのか。
きっと、屋上から飛び降りるときはあんな感覚なのだろう。唐突過ぎて楽しむ余裕はなかったけれど。それでも、風の中から投げ出されて地面に叩きつけられる直前、ふっと体が浮いたような気がした。
何だろう、あの感覚。ジェットコースターに乗った時のような。高い、高いところまで上り詰めて、落ち始めた瞬間。下りのエレベーターに乗っている時にも似ている。そういえば、エレベーターに乗っている時には必ず、もしあのワイヤーが切れたらどうなるのだろうと考える。幸いにも僕が乗っている時に切れたことはないし、切れたところも見たことはないけれど。それでも絶対に考えてしまう。もし今ワイヤーが切れて、この小さな箱が、乗っている人間諸共落下したらどうなるのだろう。本当に押し潰されてしまうのだろうか。
そんなのは嫌だ。あんな小さな箱が潰れて、中にいる人間が天井に押し潰されたら、きっとみんなくっついてしまうに違いない。
そんなのは嫌だ。くっつくのは嫌だ。きっと気持ち悪い。




熱い。




僕は何をしているのだろう。
本当に焼かれているようだ。段々と、体の水分が奪われていく。このままここにいたら、僕は影になってしまう。消えたはずの太陽に焼かれて、焦げて、この形のまま砂の上に僕の影が残る。いつか見た写真のように。
でもここは砂漠だから、誰も僕の影を写真に写したりしないだろう。僕の影は誰にも見つけられず、悲しまれることもなく、何の悲惨さを訴えることもなく、ただここに在り、そしていつか影さえ溶けて、僕の存在は本当に消えてしまうのだろう。
そうか。
これが風化ということか。
これが本当の風化ということか。
こうして何千、何万という人間が地面に溶けていったのか。
そして、僕もその一人になるのだろうか。
ここで、このまま。

「死んだのか。」
声がした。はっきりと耳の奥に響く声。
僕の上に影が落ち、太陽の熱を遮った。
指を動かして砂の表面をなぞる。これほどの熱に晒されていながら、中の方は冷えていた。探るように砂を避けて指先を奥へと潜り込ませる。
冷たいものが、僕の首を掴んだ。
背筋が竦む。突然の温度の変化に体が驚き、落ち着いた鼓動がまた速度を上げた。
掴む力が強まっても、僕は何の抵抗もできずに体の力を抜いた。そんな力は残っていない。
だが、掴まれた首に感じる冷たさは、溶けかかっていた体の輪郭を際立たせた。砂と一体化する寸前で、僕の体は形を取り戻す。
「何を恐れている。」
体に力が戻っても、砂の上に俯せていた。この場所では、その姿勢が一番相応しいように思えた。
「死ぬことか。」
何を言っているのだろう。
さっきよりも大きく響く声は、反響し過ぎて届かない。僕には理解できない。
急激な状況の変化に疲労感が募る。体が再び沈み始めた。
僕は目を閉じた。




風が冷たい。
今は何月だったろう。
ポケットに入れた手がかじかんでいる。手袋が必要だ。持っていただろうか。
鞄を探る。入っていない。
今は、九月だ。現実世界はまだ夏の暑さを捨てきれていない。
背後から急き立てるように照らす夕日に、コンクリートに固められた街が嫌な臭いを発している。雨上がりの臭い。
昨日、雨が降った。
一昨日だったかもしれない。
どうでもいいことは記憶にすらならない。触れない、届かない。
夕暮れに残る熱に辟易しながら、人々は道を急ぐ。前を見つめながら、しかし必要だと判断したものしか見てはいない。いらないものは無意識の内に切り捨てられていく。
彼らにとっての僕は、いつか降った雨以下の存在でしかない。
僕は記憶にすらならない。必要ない。
僕は?




僕は、どうだろう?




人々が、黙々と歩いている。
なのに、どうして世界は雑音に溢れているのだろう。
うるさい。音が止まない。
人々が、黙々と歩いている。
世界を切り捨てながら歩いている。
僕は目を閉じた。


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