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作品名:さよなら世界…僕らのキヲク… 作者:火村擁

最終回   C 繭 (ゼロ)
さぁ。




僕と世界を想像しよう。




素敵な世界の夢を見よう。




もうすぐ僕たちは新しい僕になる。




奇妙な一人の僕になるんだ。




繭とはつまり未完成な僕を包む鎧みたいなものさ。心も体も未熟な僕が一人で外に出られるようになるまで僕を守ってくれる。でもそれは当然一時的なもの、ただの通過点なんだよ。貴方の想像が僕を満たせばそれで終わる。ガラスの潔さ。案外、もうすぐかもしれないね。

だって、ほら。
僕はイメージで溢れている。




ぼくはまだ僕はまだ始まったばかりだけど、まだ見たことのないたくさんの映像が、まだ感じたことのないたくさんの意識が流れ込んでくるよ。これは貴方の記憶なのかもしれない。それとも、貴方より大きな存在の記憶なのかな。僕たちが何かを経験する前から、僕たちが世界を発見する前から、ずっと前から持っている記憶。細胞に刻み込まれた映像。
貴方は知っている?この意識。
何だかとても温かいね。
外の人はみんなこんなものを見ているのかな。こんなことを感じているのかな。だったら、この部屋を出てみるのもいいかもしれない。
僕は確かに奇妙な繭だけれど、いつかは貴方のようにキレイな服を着るんだ。そうしたら残念なことに僕はこの部屋に相応しい存在だとはとても言えなくなってしまうから、その時にはここを出て行かなくちゃならない。居心地の良い部屋ではあるけれど、いつまでも不自然に包まっているわけにはいかないからね。
だってそれは、当たり前のことなんだよ。生まれたその姿のままで朽ちていく人なんていないだろう?それは僕にだって当然拒否する権利があるんだ。
そうだよ、いつか出て行くことがわかっているから僕は今ここにいるんだ。そうして外の世界、まだ見たことのない世界の夢を見ているんだ。

そうか。

この意識の名前は、夢っていうんだね。




たくさんの夢が見える。僕はたくさんの夢を持っている。見えるよ、たくさんの意識、僕たちの記憶。
ほら、夢が僕を満たしている。




大丈夫だよ。




僕は何度もこの始まりを繰り返している。そんな気がする。一度扉を開いてこの部屋を出て行っても、いずれはまたここへ戻ってくる。そう決まっている。そういう場所なんだよここは。
僕には見えるよ、この部屋から外へ向かっている道は、果てのない長い長い道で、途中に深い谷や高い山があったり雲に覆われていたり些細な幻がいくつも浮かんでは別の道が現われたり砂に潰されたりしているけれど決して途切れることなく続いていて、右往左往試行錯誤して紆余曲折して万事休しても最後はこの部屋に繋がっている。全てが流れた時間を、手に入れたたくさんの大切なものを僕たちはこの部屋で取り出して、小さな箱に入れてキレイに包む。それはやがて空気に溶けて結んだリボンの端っこから解けてこの部屋の一部になる。




そして新しい僕になる。




時間が溶けて記憶になり、記憶をクルんだ夢が新しい繭を作る。




新しい僕。




奇妙な繭。




そういう場所なんだよ、ここは。
この部屋は。




ねぇ、わかる?
この夢は、やっぱり僕たちの記憶なんだ。




ねぇ、わかる?
僕たちは、繋がっているんだよ。




繋がっているんだよ。




ほら、見てごらん。




繭に罅が入ってきた。




どこを見てるの?




この部屋のことだよ。




ゲイジュツテキだろう?




あとちょっとだよ。

そう、あとちょっと。

あとちょっとで、僕たちはこの部屋を脱げる。
記憶をクルんだ夢を抱いて、僕たちだけの記憶を作ろう。
そしてありふれた物語を作ろう。
誰にも振り向いてもらえずに世界の片隅で渇いて朽ちて風に刻まれて土に埋もれ雨に流され空気に溶ける。僕たちだけのありふれたつまらない物語を作ろう。
そして僕たちは奇妙な意識になろう。




大丈夫。心配いらないよ。




僕たちはまたここへ帰って来るんだから。
どんな道を選んでもどんな穴に嵌まってもどんな空を仰いでもどんな海に浸ってもどんな喜びに浮かれてもどんな恐怖に苛まれてもどんな色に染まってもどんな匂いに包まれてもどんな痛みに侵されてもどんな闇に委ねてもどんな光に貫かれても、最後には必ずこの心地良い部屋に戻って来るんだ。




僕たちは、解けない。




絶対に。




ほら、見てごらん。
部屋の欠片が降って来る、雨みたいに。
キレイだね。
このウツクシサだよ。僕は忘れない。外に触れる前に見た景色。僕たちの夢。夢の記憶。僕の物語の始まり。




キレイだね。
僕たちの世界は。




キレイだね。
見えない君の姿も。感じる貴方の存在も。今、繭を突き破る僕の手足も。
細い糸のようなものに包まれて、それだけではまだ未熟な体を、未完成な心をずっとずっと抱きしめていたこの両腕は、僕たちの温度を知っている。繭に包まれて完全だった僕の内部を知っている。例えば何かの拍子に寂しさに耐え切れなくて自分の肩を掴んだときや、愛しい誰かを思い切り抱きしめた時に、この部屋を、この意識を、このウツクシサを思い出させてくれるよ。




完璧だ。
僕は一人で完全なんだ。
怖いものなんて何もないのさ!




さぁ。
立ち上がろう。




縛られない足でこの繭の、最後の欠片を蹴るんだ。
翼なんていらない。
僕たちは全て思う通りにできる。始まったばかりの僕たちは奇妙で素敵な夢に溢れている。




さぁ。
歩き出そう。




この素敵な夢を新しい記憶と交換しよう。
奇妙な僕たちは奇妙なこの心で奇妙な世界を見に行こう。
奇妙な僕たちが素敵な心で素敵に創っている世界へ飛び出すんだ。






さぁ。






準備はできた?


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