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作品名:狛犬 作者:良知

最終回   1
 僕の所に彼が来たのは、ずいぶん前の事だった。

彼は僕の頭を撫で、神社の境内に居候するようになった。

ここの神社はあまり流行っていない。

正月に参拝客がちらほらと居る程度だ。神宮さんも年を取り、跡取りも居なかった。

だから潰れてしまうんだろうな。

とこの頃肌で感じる。人間は薄情だ。都合の良い時だけ神を信じ、神を拝む。

「寒……。」

 男は境内の日当たりの良い場所で、手をさすった。

今はもう冬だ。

彼もあのリストラとか言うもので会社を首になったのだろうか。

 男は毎朝お清めの水で顔を洗い、寝ていた床を整え、町に出る。

町に出ている時、食料や、職を探しているのだろう。

戻ってくると、賞味期限切れのパンをビニール袋いっぱいに持って帰ってくる。

でも、それはまれだった。

帰ってくるといつも僕の頭を軽く撫で、今日の出来事を報告した。

そしてその足で、神社の境内の鈴を鳴らし、拝んだ。

何を拝んでいるかは分からない。

 そんな日が続いたある日、男がいつものように出かけると、女が神社に来た。

若い女だ。この神社の参拝者なのだろうか。

よくよく見ると、息が荒く、お腹が赤く染まっていた。

最後の階段をやっとのぼった所で倒れた。

しばらくすると、女は這いずるように立ち上がり、ふらふらと歩いた。

女は手に黒いスーツケースを持っていた。

それを重そうに引きずりながら、境内の一角で力尽きたように倒れる。

しばらく動かなかった。生きているのだろうか。

女はうつ伏せだが、確かに呼吸をしていた。

でも放っておいたら確実に死ぬだろう。

今日も寒い。

境内で死ぬのは辞めて欲しかった。

それから少しすると、男が帰ってきた。

今日、男の収穫は結構大量のようだった。

男はまず、階段を上がった所に付着している血に気付いた。

そして顔を強張らせ、境内を眺め回す。

女を発見すると、手に持ってたぱんぱんの紙袋を落し、血相を変えて女に近づき、抱き起こした。

 女はまだ生きていた。

それでも、顔色は悪く、危険な状態だと一目で分かる。

女は目を開き、男を見た。

だが、焦点は定まっていない。

女は男から逃げようと必死に体を動かす。

男は必死に女をなだめた。

女は動きを止め、今度は迷うように男の頬に触れた。

そして男に謝る。

どうやら人違いをしていたみたいだった。

女はそれから男に頼み事をした。

荷物を守って欲しいと……。

男は分かったから安静にしていなさいと、女を抱き上げ、いつも自分が寝ている場所に運び、一番綺麗な毛布を被せ、黒いスーツケースを常緑樹の神木に隠し、神社を走るように出ていった。

何分かして、男は他の人間を連れてきた。

その人間は女を見て、携帯で誰かと連絡を取っている。

聞こえにくいのか、場所を移動して携帯に向って女の状態を報告している。

男はその間女を励まし続けた。

女は、必死に何かを訴えていた。

男はその言葉に何度も頷き、何か呟く。

女は口元に笑みを浮かべた。

そして男から何かを受け取り、そして返した。

女の命の炎が急激に衰えているのが僕には分かった。

警察と救急車が到着して女が運び出されていく。

警察は男に事情徴収をしている。

だが、男は首を横に振るばかりだった。

ほとんど男には答えられないものだったからだ。

警察は明日、一度署に来て下さいと言い残し、何人か後から来た捜査班を残し、帰って行った。

男は捜査班が隣りで作業する中、今日の収穫を食べていた。

 翌朝、男は一度黒いスーツケースを開けて中を覗いていた。

中には、血がべったり着いたナイフと、何かの書類が入っていた。

書類を出し、そこに彼は女から受け取った拳銃を入れていた。

それを元の場所に戻し、書類を積めたビニール袋片手に、行ってきますと僕の頭を撫でる。

その日は、若い男が来た。

若い男は新聞片手に怒りの形相で境内を何か捜して歩き回っていた。

きっと黒いスーツケースを捜しているのだろう。

「畜生あの女裏切りやがって……。」

 ぶつぶつと恨み言を言っている。

あの女の人は一体何をしたんだろう。

ふと、こないだ若いカップルが銀行強盗を犯して逃走したというのを神主さんが話していた気がした。

若い男は彼の寝床を発見すると、荒らした。

だが、若い男の捜すものは出て来なかった。

男はしばらくうろうろしていたが、神社を出ていった。

その後、もう一度やってきた。

今度は鉄パイプを片手に持っている。

なるほど、彼を襲う気なんだ。

そう言えば、彼がもうそろそろ戻ってくる頃だ。

若い男が、境内に隠れていると車の音がして、階段を上ってくる音がした。

彼だ。

彼はゆっくりと階段を上がってくる。

若い男はじっと息を潜めている。

男がいつも通り僕の頭を撫でていると、若い男が後ろから忍び寄り、大きく鉄パイプを振り上げた。

 鈍い音がして、僕に血が掛った。

血はゆっくりと重力にしたがって滴り落ちる。

若い男は、彼を掴み上げると、絵梨が渡したものは何処だと喚き散らしている。

彼は答えなかった。

いや、正確には答えられなかった。

彼がぐったりとしていると、誰かが下から駆け上ってきた。

若い男が彼を掴み上げているのを見ると、スーツの男は若い男に体当たりした。

若い男はよろめき、そして憤怒の形相でスーツの男に掴み掛かる。

 勝負は一瞬でついた。若い男は仰向けにひっくり返って伸びていた。

見事な投げ飛ばしをスーツの男は決めていた。

それから、若い男が伸びているのを確認すると、彼に近づき、抱き起こして呼びかけた。

何度か呼びかけると、彼は目を覚ました。

そして、近藤さん、とスーツの男を呼んだ。

近藤は、ほっと胸をなで下ろし、携帯で病院に連絡を入れた。

それが終わると、彼に話し掛けた。

「実はあの後、昏睡状態が続いていた彼女が今日、目が覚めましてね。

自供しまして……、強盗事件の証拠と障害事件の証拠を貴方に預けたというんですよ。

相棒を裏切ったので、もしかしたら貴方が危ないと言ってそのまま……。

クリスマスの奇跡って奴ですかね。」

 お金の場所まで言って欲しかったですと近藤は言った。

彼はそれを聞いてそうですかとだけ答えた。

救急車は彼を乗せ、サイレンを鳴らして遠ざかっていった。

後には、クリスマスの曲がエンドレスで町から聞こえてくるだけだった。

 次の日、神主さんは境内の掃除を終え、境内で新聞を読んでいた。

その新聞には大きく見出しに、『銀行強盗犯捕まる』と書かれていた。

鈴木絵梨容疑者(21)の供実により、二十五日、加藤京介容疑者(24)を逮捕した。

鈴木容疑者は自首する際、加藤容疑者により胸等を刺され、病院に運ばれた翌日に死亡。

加藤容疑者は鈴木容疑者を刺した事は認めているものの強盗については否定している。

しかし、強盗の時使用したと思われる拳銃には二人の指紋がついているので、

警察はこれからも事情を聞いていくつもりだという。

鈴木容疑者は供実の際、彼女の夫の子供への虐待を訴えている。

一緒に発見された血の付着したナイフを元に、警察は鈴木容疑者の夫の取り調べしている。

 神主は新聞を横に置くと、僕の頭を新しいタワシでこすった。

こびり付いた血はもう落ちていた。それから、神主さんは僕の相棒を洗い始めた。

 大晦日前日、彼が頭に包帯を捲いた状態で戻ってきた。

服はいつもよりこぎれいだった。

僕の前でしばらく足を止める、眺めていると竹箒をしまって来た神主さんが彼に声をかけた。

すると彼が僕を指差してこの狛犬、新しくしたんですかと聞いた。

神主さんはにこにこと洗ったんだと教えていた。彼は驚いていた。

そんな彼を笑って神主さんは明後日の準備の為、境内に入っていった。

彼は、僕を見て言った。

鈴木さんの子供助かったんだって。

それは昨日の新聞で知っている。

重傷だった彼女の子供が誰かからの巨額の寄付で、手術が出来て助かったんだと。

少しの沈黙を挟んでから彼は淡々と続けた。

 もし、僕が本当の銀行強盗だったらどう思う。

僕の代わりに捕まるんだったら、君が助けてという息子の手術代は僕が出すって、僕と彼女が取引をしていたら……。

シナリオはこんな感じ。

僕は若い女と二人で強盗をした。

けれど、僕の強盗の相棒は他の男と自殺しちゃったから、お金はもう無意味で、罪がばれないように彼女と取引すれば、彼女の子どもは助かるし、丁度良かった。

偽の証拠は、彼女に手伝って作ってもらった。

僕を殴った彼だけど、僕が強盗していた時、彼も、その時人殺してるから言えないしね。

証拠の書類は処分したとして……。

あぁ、僕も、もうそろそろ妻と子供の顔でも見たいなぁ。

男は冗談のような口調でさらりと付け足して言った。

もしそうだったら……、僕みたいな男が捕まらないって、やっぱ神様って居ないんだね。

それはさておき、今までお世話になったね。

宿代の代わりにちゃんと働いていってあげるよ。

君にも少し愛着湧いてるし。

 しばらく男は灰色の空を見上げて口元に微笑みを浮かべていた。

そして、いつものように僕の頭を撫でると、境内に居る神主さんの所に向って行った。

しばらくして神主さんの喜びの声が聞こえた。

 大晦日は彼のおかげで結構綺麗になった。

そして元旦には彼が餅を附いて参拝客に振る舞ってくれた。

おかげで参拝客は増えた。

何年ぶりだろうこんなに人が来てくれたのは。

最初に附いた餅は、大きな鏡餅にして飾ってある。

彼の妻らしき人と、娘が連絡を受けたのだろうか、参拝に来ていた。

何で浮気するか僕には分からなかった。

それほど奥さんは美人だった。

まぁ、それは大人の事情というものなのだろう。

今日は昨日とは違って青空が広がっていた。


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