まず俺は礼を言った。親父が智と弘樹が眠る墓地まで車で送ってくれたのだ。 「ほんとにここでいいのか?駅まで送るぞ」 「いや、いい。歩きたいんだ」 「そっか。うん分かった」 「ありがとうな」 「次はいつ帰ってくるんだ?」 「彼岸は無理そう。正月、かな」 「分かった。じゃ、気をつけて帰れよ」 「親父、ほんとサンキューな」 親父の車を見送って、俺はまず弘樹の墓前に向かった。線香をあげ、あいつの好きだった銘柄の煙草を供えた。バックからペットボトルに入ったミネラルウォーターを取り出し、半分を墓石にかけ、残りの半分を容器ごと香炉の前に置いた。手を合わせ、そこを後にする。送り盆が済んだからか、供え物も花も相当な数だった。 次にそこから数えて5区画南にある智の墓に向かった。弘樹の墓前にしたように、智の墓前でも同じことをした。唯一違うのは煙草を供えなかったことだけだ。手を合わせ、智の墓石に向かいつぶやく。今君はどこにいるの?弘樹と一緒なの?寂しくはないの?生き残った俺を恨んでないの?語り掛けたいことは山ほどあった。しかしどれもこれも答えの返らない問いかけばかりだ。 ふと後ろに人の気配がして振り返る。落ち着いた色のワンピースを着たチャコだった。俺は立ち上がり、チャコに歩み寄る。 「帰ってたのか。これから墓参り?」 「ううん。もう済んで帰ろうとしたら、カズが来たのが見えたから」 「そうか。元気でやってるのか?」 「それなりにね」 チャコの表情が少し老けたように感じた。 「カズ、あなたは元気なの?」 「チャコと同じさ。それなりに」 「あれから10年になるんだね」 「そうだな。ちょうど10年だ」 「カズもあの夏を終わらせずにいるの?」 「ああ、さよなら出来ずにいる」 「同じなんだね」 「きっとチャコも同じなんだろうと思ってた」 「あたしね、今は東京にいるの」 「風の噂で聞いたよ。俺も東京に出たんだ」 「あの夏がね、あたしを解放してくれないの」 「・・・」 「もう疲れたよ。いつまでこんな生き方をすればいいの?」 「・・・」 「教えてよ、ねぇカズ教えてよ」 俺にもたれかかり泣き出すチャコ。俺はその肩を軽く抱いてやることくらいしか出来ずにいる。 気付けば陽は相当傾き、辺りをヒグラシの声が包んでいた。俺は夕暮れの空を仰ぎ、『智、俺はどうしたらいい?教えてくれ』そう心の中でつぶやいた。
−おわり−
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