信号が変わったのかどうかなんて分からない。俺は拓が勤めるガソリンスタンドに飛び込み、ヘルメットを投げ捨て駆け出した。後ろの方でチャコがどうしたのと叫んでいる。拓が俺を見つけて駆け寄る。 「大変だ、カズ大変だ!」 聞こえない。聞こえない。俺はただ走った。人だかりに向かって『どけぇ!』と怒鳴りながら。 最初に、白いセダンの遥か先に横たわる弘樹の姿が見えた。手といい足といい、体中が不自然な方向に曲がっていた。頭の中がクラクラした。なんの思考も出来ない。どけ、そう叫んだのもおそらく無意識の中でのことだろう。更に人並みをかきわけた先に智が横たわっていた。おびただしい量の血液で、智は汚れきっていた。足が逆を向いている。 「ともぉ!」 駆け寄ろうとする俺を誰かが遮り押さえ込む。 「放せ!放せよ、この野郎!」 智を早く抱き上げてやりたかった。血で汚れた顔を拭ってやりたかった。俺を押さえ込む人数は更に増えたようで、もがいても、もがいても、それを解きほどくことは出来なかった。 「頼む、放してくれ。お願いだ、放してくれぇ」 いつしか泣き声に変わった俺の叫びは、ただただ夏の空に吸収されるばかりだった。遠く、すごく遠く、遥か後ろの方で『いやぁ!』というチャコの叫びを聞いた気がした。 到着した救急車はサイレンを再び鳴らそうとはしなかった。頼むから今すぐ智と弘樹を病院へ運んでくれ。だがしかし、その願いが届くことはなかった。智と弘樹が救急車に乗せられて行ったのは相当時間が経ってからで、さっきは居なかった警察も現場に到着してからのことだった。誰の目にも二人が絶命しているのは明らかだった。俺は自分の無力さを責めた。いつの間にかしゃがみ込み、アスファルトの路面を激しく叩いたようで、俺の拳はあふれる血で真っ赤だった。痛みなんて感じない。もしこのまま智が逝ってしまうなら、俺も一緒に連れて行って欲しい、そうとしか考えられなかった。それからいくらもしないうちに、俺の思考は完全に停止した。
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