たしかあの日もこんな夜だった。昼間はうだるような暑さだったのに、月が高く昇る頃には夜風が涼しく吹いていた。 俺は乗ってきたタクシーに料金を払い、ありがとうと礼を言って見送ると、ネクタイを緩めながら当たり前のように実家の玄関を開け居間へと上がりこんだ。 「おう、お疲れさん」 居間で酒を呑んでくつろいでいた親父が声をかけてきた。その声に俺も 「よう」 とだけ言って答えた。 「わざわざタクシーで来なくても迎えに行ったのに」 「酒呑んでるくせに、何を言ってるんだよ。それにあっちこっち寄りながらだからこれでいいんだよ」 それには答えず、 「智ちゃんと弘樹の所には寄ってきたのか?」 「ああ、だから今がその帰りさ」 「家の方に行ってきたんだろ?」 「うん」 「もうあれから10年経つんだな」 「そうだな、ちょうど10年だ」 「毎年線香あげに行くのも、もうお前くらいか?」 「チャコは来てるらしい。いつも行き違いだけど」 「尚子ちゃんも、やっぱり来てるのか」 「智のお母さんが言ってた」 「どちらの親御さんも、もう落ち着いているんだろ?」 「うん、もうね。どちらにも兄弟姉妹がいたし」 「まぁとりあえずこっち来て呑めや」 「そうする。せっかくの里帰りなんだし」 「明日には晃たち夫婦も帰ってくるってさ」 「そうなんだ」 「いつまでいられるんだ、今年は」 「休みの間中、ずっとこっちにいられるよ」 「そっか」 グラスを差し出しながら親父は独り頷いた。注がれたビールを飲み干す。喉が渇いていたのですごく旨かった。 「あれ、お袋は?」 「病院の連中と暑気払いだと」 「へぇ、景気いいな」 「あの世界は景気は関係ないんだろ」 「まぁそうかもしれないな」 結局この日は1年ぶりに里帰りした当日にもかかわらず、夜遅くまで親父と話をつまみに酒を呑んだ。お袋が帰ってくる気配はまだなかった。適当に切り上げ風呂に入り、今もそのまま残る自分の部屋のベットにもぐり込んだ。親父はまだテレビを見ながら呑んでいるようだった。多分お袋の帰りを待っているんだろう。酒の力もあってか俺は程なく眠りの淵へと落ちていった。
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