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作品名:6月6日 作者:眞野寿々佳

最終回   1

6月6日に雨ザーザー降ってきて…。
というのは絵描き歌で、今年の6月6日は晴れ。
通りに面したカフェのオープンテラスでは、木漏れ日がゆらゆらとテーブルに模様を作っている。
私のコーヒーはまだ来ない。
 
 私の後ろでは、若い女性が携帯電話に向かって怒っている。
「だから、3時だって言ったじゃない!なんで来ないの?この間ケータイ見たんだからねっ!みちこって誰よ!ちょ…もしもし?!」
どうやら電話を切られたようだ。携帯を叩き付けたい気分だろうが、周りの目を気にして思いとどまっている。もう一度、電話をかけだした。

 斜め前の女の子は、後ろで髪をひっつめている。手足が不健康に細い。着ているTシャツには、有名なバレエ研究所の名前が入っている。母親らしき中年の女性と、だんまりを決め込んでいたが、母親がおもむろに口を開く。
「どうしてレッスンサボったの?」
娘も口を開く。
「もう踊りたくないの。友達もみんな辞めちゃって、先生も6月から代わっちゃったし」
「お友達ごっこでやってるんじゃないのよ。せっかく夏の発表会でいい役がもらえたのに、無責任だと思わないの?」
今度は一転、言い合いになる。娘はお友達ごっこでやっていたようだ。幼い時の習い事なんてそんなもの。

 向かいのビルからは、スーツ姿の男が出てきた。まぶしそうに空を見上げ、大通りの方へ歩いていった。

 バレエをサボった女の子と、母親の言い合いはまだ続く。
「さっちゃんもゆきちゃんも辞めちゃったんだよ」
「お教室で新しいお友達を作ればいいじゃない」
「ふたりともピアノを始めたの。私もやりたい」
「ダメよ。バレエを途中でやめたいなんて言う人が、ピアノを続けられると思ってるの?」
「やるもん。ちかちゃんだっているし」
「3人がピアノを辞めたらどうするの?他のお稽古始めたら?あなたもそっちへ行きたいって言うんでしょ。」
「…。」
図星のようだ。いいんじゃないの?小さい頃に色々やるのって、いい経験になると思うんだけどなぁ。
「ピアノなんて、ママはお月謝払いませんからね。バレエを続けなさい」
「やだー」

 向かいのビルに男が帰ってきた。胸ポケットから携帯を取り出す。
ピピピッ!と無機質な着信音が鳴っている。彼が電話に出ると、なんと後ろの女性が喋りだした。
「ちょっと!何で出ないのよ!」
…彼が出たからあんた喋ってるんでしょうが。
「今会社の向かいにいるのっ!出てきて!」
目の前にいるけど、あの人? 
女性の顔が見たくなって、思わす私は振り返る。そう美人でもない。
「ああっ!いるじゃない!コッチよ!」
ガタッと音を立てて、女性が立ち上がる。男のほうはと目を向けると、こちらを見て固まっている…。

 結局、母親が気にしているのは対面と月謝。娘もわがままだし中途半端だが、母親もなんにも考えてないらしい。
 男はこちらへ来る気配がない。後ろの女性はそんな彼を呼び続けているが、おそらく彼はもう彼女の元へは帰ってこない。

今年の6月6日は晴れ。
通りに面したカフェのオープンテラスでは、木漏れ日がゆらゆらとテーブルに模様を作っている。
私のコーヒーはまだ来ない。
6月6日に雨ザーザー降ってきて…。


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