翌日、探偵は美佳をゲームセンターの前に呼び出していた。 「それで、頼んだものは持ってきてもらった?」ファストフードの店に入って席に着くと、息を整える間もなく事務的に切り出した。 探偵は美佳の継母の顔写真を貸してくれるように頼んでいた。美佳が周囲を気にしながら徐に差し出すと、 「へー」男は感心したような声を上げた。その声に特別な響きが含まれているのを嗅ぎ取ると、美佳の関心と嫌悪感はいやが上にも募った。 「どうかしましたか?」 美佳が尋ねると、男は照れ笑いを浮かべて、「いや、なんでもない。これが問題の女性というわけだ」と答えた。 美佳は、自分が差し出した写真に目を落としている探偵の顔を眺めながら、写真を見た感想を口に出すのを待っていた。 「これは、いつの写真?」 美佳の予想を裏切るように、探偵は写真が撮られた時期を気にしていた。写真そのものは、美佳のアルバムに貼ってあったものを、パソコンで背景を消すなどの修正を加えたものであった。 「さあ、いつのものかしら・・・」 「最近のものではないんだ」 「ええ。少なくとも、数年はたっているかも」美佳は元の写真の隅に焼き付けられた日付を思い浮かべながら答えた。 「それじゃあ、見せてもらおう」わざわざそう断って、探偵は手札サイズの写真を手に取り、暫らく眺めた後でこう訊いた。 「ところで、聞きたい?」 「何を、ですか?」 美佳は相手の真意が分からずに首を傾げた。探偵に調査を依頼する場合に、彼のどんな話を期待すれば良いのか分かるほうが稀なのだ。 「普通はさ、写真に写った人物の感想を聞きたがるものだからさ」 探偵は、事も無げにそう言ってテーブルのコーヒーカップに手を伸ばした。美佳は自分が謂れのない非難に曝されているような割り切れなさを思い知らされる気がした。 「写真を見た感想に興味が湧かないのは、普通じゃない感覚だと言うわけですか?」 「そういう事じゃないけど」美佳の態度に面食らったように探偵は顔を撫でた。 「これは、ただの写真じゃないからね」 美佳は目の前の中年男の顔を上目遣いに見上げた。相手が言おうとしていることがどうしても飲み込めなかった。 「ただの写真じゃない・・・」 「なに、依頼を受けるかどうかを判断する材料になるわけだから、写真から受ける印象も大事になるわけだ」 美佳は気付かれないように首を傾げた。依頼者のターゲットの顔写真が依頼を受ける判断基準になるというのは好い加減な作り話のような気がした。 「引き受けてくれますか?」 「引き受けるのは簡単だけど、君が期待するような結果が出るとは限らないよ」 「もちろん分かっています」と言い切ってはみたものの、目の前の男に自分の思いが伝わっていると考えると鳥肌が立つようだった。 「どんな結果になっても、受け止めることができるかい?」 「ええ、大丈夫です」いざとなれば何もなかったことにしてしまえばいいのだ。 「母親に対する気持ちに決定的な変化が起こるかもしれないんだぜ」 このとき、美佳の心にこれまで見たこともない明かりが灯ったが、それは同時に心の波動によって大きく揺れ動いた。 依頼が確定すると、探偵はテーブルの上の写真を再び手に取って、 「不倫をするようなお母さんだから、ずいぶん魅力的なんだろうな」と嘯いた。
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