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作品名:家族ゲーム 作者:奥辺利一

第10回   訝しがる彼氏
夕方のキャンパスは学生の姿を探してしまうほど閑散としている。グラウンドを見下ろすベンチで話し込んでいるカップルは寂れた光景に馴染んでいるように見えるのだが、その実態は見かけ通りとはいかない事が多い。
石黒卓は普段から不機嫌そうに見えるのだが、この日は明らかに不機嫌だった。こんな仕打ちを理不尽だと思うのはいつもの事だったが、自身が抱える問題がそんな気持ちに拍車をかけて、美佳は惨めさに苦しめられた。
「昨日見たんだよ」
「何を?」
「喫茶店でさ。男と話していただろう」
「・・・・・・」
こんな時に胸騒ぎを起こす権利は誰にもないはずだと思う一方で、自分の行動がいとも簡単に察知されることに不安を覚えた。
「誰?」彼の無機的な訊き方が癪に障った。自分の気持ち次第で、どんなことにも知る権利があると思うなら、考え違いも甚だしい。
「知り合い」
「どんな?」
「どうしても知りたい?」美佳が睨み返すと彼氏は少し怯んだ。
「いや、教えたくなければ仕方が無いさ」こんな態度を分別とは言わない。
「仕方が無いで終わらせるの?」ならば初めから聞かなければいいのだ。
「少しおかしいよ」
「おかしくないよ」
「知りたいと思うのに正当な理由が有れば、胸を張って訊けばいいのよ」と言っておきながら、美佳自身は正当な理由があるとは思っていない。相手を拘束したいのなら自分が拘束される覚悟を持たなければならないのだ。
「正当な理由はないけど、それでも聞きたいというのはダメなんだ」
こんなのを媚びていると言うのか、甘えていると言うのかは分からない。美佳は漸く、話したいか話したくないかは相手の態度に左右されることを認めたが、それは相手の意向を尊重しなければならないからではないと思っている。
探偵との経緯を掻い摘んで話す。彼の口から知られたくない情報が漏れることを恐れて、肝心な点は伏せておいた。
「その探偵って、どんな奴なんだ?」予想に反して、彼氏の目に冷たい光が揺らめくのを美佳は認めた。
「探偵は探偵よ」
「探偵に何を頼んだんだよ?」
「それはダメ」
彼氏はそこが肝心なのだという顔をしているが、母親の件だろうというぐらいの察しはついているはずだ。
「そんなことを調べる必要があんのかよ」
「そんなことって?」
「そんなことは、そんな事さ」
「君には関係ない」と言いたくなるのを美佳は堪えたが、いつかはっきりとそう言う日が来るかもしれないという予感に苦しめられた。
「そいつは相当怪しいぜ」
「怪しい・・・?」
「だって、そうだろう。契約らしいものも取り交わさずに調査を引き受けるってのはさ。それだけで相当怪しい。何か別な目的があるんじゃないか」
目の前の痩せてひ弱にしか見えない男の中に、これまで気付かなかった面があるのを発見して感激する前に、美佳は自分の迂闊さに歯がゆい思いを噛み締めた。
「目的・・・?」
「ああ、そうさ。調査を引き受けるから言うことを聞けとか」
 こんなのを想像力が豊かだと言っても構わないのだろうか。濡れ衣を着せられようとしている探偵を憐れむより先に、幼稚さにどっぷり浸かってもがくことも出来ない人々の気配に脅かされる気がした。
「それはないわ」
「何故そう簡単に言い切れるんだよ」
「私が簡単に騙されると思うの?」
「騙された人間は口を揃えてそう言うんだぜ」
確かに、探偵が碌な儲けにもならない仕事を引き受けるのは、それなりの思惑があっての事なのだろう。


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