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作品名:奇妙な連中 作者:奥辺利一

第1回   1
「奇妙な連中」と、ぼくたちは好んで自分たちをそう呼んでいた。ある時には上機嫌で、ある晩にはいくらか尊大ぶって、また次の瞬間には苦々しい屈辱を噛み砕いて吐き捨てるようにそう呼んだ。そうして意味ありげににやりと笑ったりするのだった。「奇妙な連中」と呼ばれるたびに、このつまらない、ありふれていてろくでもない言葉はぼくたちに快感を与えた。ぼくたちを最初にそう呼んだのは、ぼくたちがよくたむろするスナックに勤める娘だった。彼女は出戻りの勝ち気で、おっぱいが出っ張った、いくらか年上の女性だった。豊かに実った尻が歩くたびに揺れて見えるさまは、若い獣の欲望を持ったぼくたちには肉感的で刺激的だったが、それはまた優しさと意地悪さの象徴でもあった。女の肉体の一部に盛り上がった肉の塊は、ぼくたちに限りない慰めを与えてくれると同時に、満たされることのない無限の性欲を嫌悪する病的な純粋さによって憎悪を掻き立たせずにはおかなかった。その姿をぼくたちは密かに「マリアの裸身」と呼んでいた。
 彼女は年上をいいことに、ぼくたちを小ばかにしたような態度を示していたけれど、彼女のフェロモンに刺激された若い頭脳は、その挑戦的な物腰や意地悪な揶揄に負けてはいなかった。ほかの客の前で卑猥な言葉を連発して対抗するのがぼくたちの常套手段であった。
「そのでっかいおっぱいだけど、それがわいせつ物陳列罪に引っかからないっていうのは、理解に苦しむよな。俺には猥褻すぎて見ちゃいられねえんだな」「あらっ、どういたしまして。そんなら、お客の中であんたが一番いやらしい目でこの胸を見ているのはどういうわけよ。これこそ不思議でこっちが聞きたいよ」
「おや、見られて困るもんなのかい。そんならぶら下げて歩かなければいいんだ」「ガキのくせに、生意気言うんじゃないよ」「ガキ、ガキっていうけどさ、知らなきゃならないことは知ってんだぜ。おい、猫一席やって見せてやれ」とぼく。猫は「ほいきた」と立ち上がり、眼鏡を取り出して手近な本のページをめくる。「今回は受胎の章から始めます。めしべについた花粉、つまり精子は・・・・」
 スナック再会でのぼくたちはこんな風だった。窓際のテーブルに長いこと陣取って囁き合っていたカップルの二十五、六の女が笑っている。男は照れたような笑いで装いながら明らかに軽蔑とわかる視線で挑発してくる。インテリかもしれない。ぼくたちはその男の胸の内も、他の客の笑いの意味をも理解した上で、それらを平然と無視し続ける。そうしてぼくたちの襟元を締め付けている窮屈なロープを断ち切る努力を繰り返すのだった。猫は続ける。「めしべの中に侵入した花粉は小躍りしながら中心に向かって奥へ奥へと・・・」しかし留美子はもう反応しない。疲れてしまったらしい。彼女が口をつぐんでしまうと猫の講義も幕引きとなる。けれども僕たちには留美子をへこましてやったという味わいがなかった。このろくでもない連中は、どこか秘密の部分では彼女にかなわないことを知っていた。ぼくたちは例外なく彼女が好きだった。だから彼女を赦した。彼女が年上であることを、あまりに官能的なその肉体を、ぼくたちへの態度を赦した。そして彼女がぼくたちのことを赦してくれているだろうことを信じていたかった。猫は彼女を可憐だといった。熊は毒花のエキスのような女だといった。角は素直に抱きたくなる女だといった。ぼくは留美子を可憐な、毒化のエキスのような、抱きたくなる女だと心に思ったけれど、高級娼婦だといった。どの表現も彼女にふさわしかった。ぼくたちが口論するのを面白そうに眺めている留美子の笑顔は毒花のエキスだったし、歩く姿はぼくたちに抱きたいという願望を起こさせたし、ぼんやり考えこんでいるときの仕草は高級娼婦そのものだった。しかし、猫に可憐だといわせる何かが彼女の中にあることをぼくたちは感じていた。それは水中の宝石が光線の加減で刹那的に輝くように、ぼくたちの視線を受けたある瞬間にだけ光り輝くものだった。その輝きを発見するたびに僕は得体のしれない苦痛と哀しみが体の中を駆け巡るのを感じた。その時に僕の肉体の一部、正確には、ペニスは哀れに委縮してしまうのだった。ゴムまりのようにだらしなくなってしまったその部分に起こるひきつるような痙攣に、ぼくはすっかり怯えてしまっている。体が小刻みに震え、しゃっくりのように突然襲ってくる衝撃に絶望的な気分にさせられてしまうのだ。すると、すべてが馬鹿げたものに見えてくるわけで、とりわけ目の前に広がる空っぽな時間の重なりが明確に見えてくるのには我慢がならなかった。それでも、これぐらいのことには耐えなければならない。この苦しみから逃れることは不可能に思われるし、それに代わる報復の手段さえ持ち合わせてはいないのだから。ぼくたちが生まれた時には、すべては失われてしまっていたのだ。ぼくたちに与えられた唯一のものである生命は、失われたものが何か見当もつかないまま、それを求めてやまないのだ。そうでなければ、地上には何も存在したためしがないのだ。人類が誕生した瞬間に地上のすべての罪悪と苦悩は発生したのだ。人類に苦悩を与えた大悪人、それはまさに創造主である神に他ならない。こんな風に考えることは馬鹿げたことだ。ぼくの目の前に迫ってくる空虚な世界の内部は、しかし確実に存在する。ぼくの苦悩が確実に存在するように。原因もわからぬままにぼくは苦しみ続けているのだ。この屈辱をぼくは忘れないだろう。この不条理を許さないだろう。


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