空と星とミミズとモグラ ミミズ君は暗く湿った土の中を這いずり回りながらいつか友達が教えてくれた空のことを考えています。それはとんでもなくありえない話でした。 空は地面の上にとんでもなく高く積み重なっているのに少しも重くないというのです。おまけに昼間には燃えるようなお日様が輝いて、夜には無数の星という明かりが灯るのだそうです。 そんな夢のような世界が地面の上にあるというのを信じることはできません。信じないどころか、その話をしてくれた友達を馬鹿にしてさげすんでいました。 「どこで誰にそんな話を吹き込まれたんだい」ミミズ君は言いました。 「君は地面の上に顔を出したことがないんだね」友達は悲しそうに言います。 「そんな危ないことができるもんか」 地面の外の世界は灼熱の砂漠のような世界ですから、そこに出たまま土の中に帰れなくなることは死を意味していました。 「まあ確かにそうだけど、空というやつはきれいだから、一度は見ておく値打ちがあると思うな」そう言いながら友達は体をくねらせて自分の住みかに帰ってゆきました。
友達と別れたミミズ君はしばらくじっとしていましたが、なんだかいやな気配を感じてその場から逃げ出そうとしました。 次の瞬間、目の前に巨大な黒い影が現れました。天敵のモグラです。大きな口を開けて今にもミミズ君を飲み込む勢いです。 「ちょっと待ってくださいよ」ミミズ君はあわてました。 「なに、わしに命令するとは度胸がいいやつだ」モグラのおじいさんはおなかを抱えて笑い出しそうにしています。 「おじいさんは空というのを見たことがありますか?」ミミズ君は必死で声を張り上げました。 「なんだそれは」腹を空かしたモグラのおじいさんは分別臭く言うと、ミミズ君を飲み込むのをやめました。 「それは僕たちの頭の上にあるんだそうです」「そんなものは知らんな。頭の上にも下にも前にも、あるのは土だけじゃないか」 「地面の向こうを覗いてみたことはありますか?」 「馬鹿を言っちゃあいけない。地面の上ぐらい、見たことは何度だってあるさ」 「じゃあ、その上に何がありましたか?」 「いい加減にしないか。地上にあるのはいっぱいの草や花に決まっているだろう」 「その草花の上には何がありますか?」 モグラのおじいさんは目が悪くて遠くをはっきりとみることができないのです。 「なんだって・・・」とは言ってみたもの、「いったい何があるんだろう」とは言えません。 ですから、「それは実に奇妙な世界だよ」と言いました。 「そうなんです。それが空なんです」 モグラのおじいさんはほっとして、心の中で「やれやれ」と思いながら言いました。 「なにも偉ぶって言うわけじゃないが、空がわしたちにとって何か特別なことをしてくれるのかね」 この質問にミミズ君は困ってしまいましたが、友達が言っていた星の話を思い出しました。 「その星というやつはどこに行ったら見ることができるんだい」おじいさんは興味深そうに聞き返します。 「夜に地上に顔を出すだけでいいんです」 「でもそいつはずいぶん遠くにあるんだろう」 「ええ、そうですね」 「じゃあつまらないじゃないか。話をすることも触ることもにおいを嗅ぐこともできないんだろう」 「まあそうです。でも、おじいさんにも家族がいるでしょう」 「家族だって・・・。ああ、そんなものがいたかもしれないな」 「空というのはきっとそういうものだと思うんです。すぐに見ることはできないけど、確かにあって家族のようにつながっているんです」 「俺がその気になればいつだってお前を飲み込むことができる。でも今日はやめておこう。どうせいつか、お前さんは俺たちの餌になっちまうんだ。だからその時までせいぜい贅沢をして太っておきな。そして、いつかお前が空に浮かぶ星というやつを見ることができたらもう一度会いに来ておくれ。そして話を聞かせておくれ」 そう言ってモグラのおじいさんはお尻をフリフリ大きな手で土をかきわけ去って行きました。 ミミズ君はそれから空の話を信じるようになったのです。
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