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作品名:お母さんの病気 作者:奥辺利一

最終回   1
お母さんの病気
お母さんが病気になって苦しんでいます。
海はお母さんの病気が治るなら何でもしようと決めましたが、何をしたら良いのかわかりません。
 思い悩んで家の周りを歩き回っていると、突然狐が現れました。
「君はお母さんが好きなんだ。変わっているね」狐は意地悪く言いました。
海には反論する気力もありません。狐に人の心を見抜く力があるのだとしたら恐ろしいことだと思いました。
「何も僕は君を困らそうと思っているわけではないんだ。その証拠に良いことを教えてやろう」
「お母さんを助ける方法があるんだね」海は夢中で尋ねました。
「まあまあ、そんなに慌てるものじゃない」狐はすました顔をしています。
「その答えは君自身が見つけ出さないといけないということなんだ」
それを聞いた海はだまされたという気がしましたが、とても怒る気にはなりません。弱った人の心に付け込んでくる生き物がいることはうすうす気づいていたからです。
「お母さんはどうだろう?」狐は得意そうに続けて言います。
「なにが?」
「お母さんは君に何をしてほしいと思うだろう。それがわかればお母さんは救われるかもしれないね」
 お母さんがしてほしい事という言葉が重くのしかかります。
どうしたらいいのかわからないまま海はふらふらと旅に出ました。いつもは親しげに見えた空飛ぶ鳥は海に目をくれようともしません。幸せになれるという山の向こうはあまりにも遠すぎます。祈りをささげようとしてもみましたが、誰に向かって祈ればよいのかわかりません。
砂漠をさまよい歩いていると、また狐に出会いました。狐は海を見つけると、少し困った顔を見せました。
「どうだい、宿題の答えは見つかったかい」
「僕にはそんなことをしている暇はないんだ」海はイライラして答えました。
「どうしてさ」狐はケロリとした顔でたずねます。
「だから言っただろう。お母さんを助けなければいけないのさ」
「君のその気持ちに嘘はないらしい」狐は偉そうに言います。
「その気持ちをお母さんは知っているだろうか?」
その時、海が怒りに震えて思ったのは、「僕がこんなにも心を痛めているのがお母さんに伝わらないはずがない」というものでしたが、海はこう言いました。
「君は僕のお母さんを知っているの?」
「知りもしないで余計なことは言わないほうがいい」という気持ちでした。
すると狐は言いました。
「君のお母さんは知らない。でもお母さんのことならよく知っているんだ。いろいろな経験をしたからね」
海は狐の言葉を疑いました。
「知っているならその証拠を見せろ」と言いたくて仕方がありません。
 海がもじもじしていると狐は言いました。
「君が心を痛めていることを知ったお母さんは元気になるだろうか」
「もちろんだとも」と思いながら海は不安になりました。
お母さんの心配そうな顔が浮かびました。その顔はこれまで何度も見たことがある顔でした。
「君はまだお母さんに迷惑を掛けようとしているんじゃないか。お母さんを置いてふらふら出歩いたりしてさ」
しんみりした口調で狐は続けます。
「お母さんを助けてあげられる人はいくらでもいそうだけど、お母さんを本当に元気にしてあげられる人はそんなにいないと思うんだ」
 その時海が思い浮かべたのはやさしく微笑むお母さんの顔でした。だまされているかも知れないという疑いはすっかり消えています。
「そんなら、どうしてお母さんのそばにいてあげないの」
 狐に促されて海はお母さんのもとに一目散に走って帰りました。不思議な狐に別れを言うことも忘れて。
 そして寝ているお母さんに向かってかけてあげる言葉を一生懸命考えました。


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