県警捜査一課の舘石(たていし)警部補は部下の石部刑事と共にマジェスタに乗り込んだ。
「ストーンズとかってあだ名どうにかならんのか?」
警部補は車に乗るなり言った。
「あぁ、二人とも苗字に石がつくからでしょ。いいんじゃないです?ローリング・スト
ーンズみたいでカッコいいし」
「いや、迷惑だ」
「はいはい相棒がこんなですいませんね」
思いきり皮肉ったつもりだが館石は助手席の窓から遠くを見ている。
「はぁ〜、それはそうとまた家出ですかね」若い刑事がため息混じりにそう言うとベテラン警部補は即答した。
「わからん」と言った後に「だが」と付け足した。
「どうかしたんです?」
「いや、小学一年の子が家出なんかするのだろうかと思ってね」
「そりゃないとは言えないんじゃないですか。今時の子は何でも早いですからね」
石部は口の端を歪ませながら言った。舘石は石部の――はやいですからね。という意味
有り気な言葉を無視して別のところを指摘した。
「今時という言葉は適切じゃないな。俺が若い頃からその言葉は使われていたよ。外国
からツィッギーとかいう子が来日してミニスカートブームを起こしたんだがその時もミ
ニスカートを穿(は)いた若者たちの親はそんなことを言っていたからな」
またお決まりの文句が始まったと石部は思った。
「そうそう、お前のその態度も――今時というやつじゃないのか?」 いつもこうだ。石部は口でこの老刑事に勝ったことはない。藁半紙(わらばんし)をくし
ゃくしゃに丸めたような顔をした爺(じい)さんなのに。
そして通報をしてきた深澤という表札のかかった家の前で車を停めた。
一瞬カーテンの隙間からこちらを窺(うかが)うような視線の後、家主が玄関から顔を出した。
「警察の方でしょうか?」四十くらいの男性が言って、後ろから男性よりも少し若い女
性が出てきた。たぶん三五、六だろう、と石部は思った。 舘石警部補は無言で軽く頷(うなず)くと石部刑事は内ポケットから警察手帳を覗(のぞ)
かせた。家の中では中学生くらいの女の子が膝(ひざ)を抱えて俯(うつむ)いている。
「よろしいですか」舘石は家の方に掌(てのひら)を向けて言った。
「あっはい、すみませんどうぞ」
「失礼します」そう言って靴を脱ぎ舘石警部補は靴を揃えた。当然石部もそれに倣(な
ら)うことになる。コンビを組んだ当初、石部は何だかやりにくそうなオッサンだな、と
思っていたがすぐに慣れた。いつものことだ。 八畳ほどの和室に案内されて、用意していたかの様に湯飲みが出された。舘石警部補は
それを一瞥(いちべつ)して口を開いた。
「娘さんが居なくなった時の状況を教えていただけますか」
石部は舘石が喋りだすとメモを取り出した。
「はい。娘が、姉の佐奈が妹の紀美子と郵便局の裏のS公園でかくれんぼをしていたそうなんですが」
深澤啓三と名乗った父親は、咲江、そうだよな、と妻に同意を求めるように言った。表
情からはかなりの動揺が見られる。無理もないだろうと舘石は思った。
「なるほど。それで紀美子ちゃんはそのまま居なくなったわけですね」
啓三の拳の骨が白く浮き出ていた。爪が食い込むほどに手に力が入っている。
「紀美子ちゃんは一人で外に出ることはあったんでしょうか?例えば買い物に行った時
に等にどこかに行ってしまうとかそういったことは?」
「いえ、誰かが傍(そば)に居ないといけないんです。まだ小さいですから。前にデパー
トで迷子になったことがあったんですけどその時も大泣きして大変だったんです」
「なるほど。失礼ですが、最近きつく叱った事とかなかったですか?」
「えっ」と夫婦は虚を突かれた様な顔をした後すぐ訝(いぶか)しげな顔に変わった。
「なんですか、刑事さんは娘が家出したとでもおっしゃるんですか?娘はまだ小学校に
通い始めたばかりなんですよ」隣では妻が夫に賛同するように何度も頷いている。
「いえいえ、そういうことではなくて、これも捜査の一環ですので」
舘石は顔の前で手を振ってなるべく深澤夫婦の気を荒立てないよう努めた。
「とにかく、そんなことはありません。何でもいいから早く娘を探してください」 その後、紀美子の歳や背格好等、事務的な質問をして、舘石は閉じられた襖(ふすま)に
目をやって言った。
「お姉ちゃんと少し話をさせていただけますか?」
「はい」啓三が眉間に皺を寄せてそう言うと母の咲江が襖を開けて「ほら。ちゃんとし
なさい」と言って我々の前に座らせた。散々泣き腫らしたのだろう、瞼(まぶた)が重そうだ。
「ごめんね、辛いだろうけど紀美子ちゃんを早く見つけるためなんだ。わかるね」
舘石はなるべく刑事を意識しないよう、易しい口調で言った。
佐奈はこくりと頷(うなず)くと腫れた目を擦って舘石の目を見据えた。
「よし、じゃあもう一度思い出してみようね。佐奈ちゃんだったね、紀美子ちゃんとS
公園で遊んでた時のことを教えてくれるかな」
「紀美ちゃんが公園でかくれんぼしたいって言ったから私が鬼になって探してたらいな
くなっちゃったんです」
絞り出すように言って細くなった目から再び涙が流れた。
「ほら、刑事さんにちゃんと話しなさい」母親が急かすように言う。
「あの公園にはよく行くのかな?」
それに触れず館石は続けた。
「はい、いつもかくれんぼしてました」
「何かいつもと変わったこととかなかったかな?紀美子ちゃんと二人だけだったのかな?」
「いつも私たちだけだから誰もいなかったと思います」
うむ、と一つ頷いた。
「それで先に帰ったんじゃないかと思って帰ってきたんだね?」
「ええ、近所の方と一緒に帰ってきたんです」
母親が痺れを切らしたかのように言った。館石は佐奈に、もういいよごめんね、と優し
く言った。佐奈はゆっくり立ち上がると襖の向こうに姿を消した。
「ご近所の方というのは?」
「ああ、はい。あまり面識はないのですが近くのスーパーでよく見かける方でした」
「なるほど。その方のお住まいはご存じですか?」
「ええ、公園の近くなのは確かですが詳しい住所はわかりません」
そのあと、いくつかの形式的な質問と、全力で捜査しますと告げて深澤家を後にした。
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