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作品名:遺伝死 作者:R・榊

第3回  
 母は玄関で待っていた。

「おかえりな・・」母はそこまで言うと、私たちのほうを見て固まった。泣きじゃくる

私を見知らぬ女性が脇から支えているからだ。

「やっぱり妹さん帰ってませんか・・」私が言うよりも先におばさんは言った。

「えっ」と、虚を突かれた顔の母。すぐに状況を飲み込んだらしく顔が青ざめるのがわ
かった。

「何なの?佐奈!紀美ちゃんはどうしたの!」

「いっひっ(いなく)なぐ(なっ)なっちゃった(ちゃった)・・」言葉にならない。だが聞

き取ることは出来たようだ。

「何でよ!何でちゃんと見てないの!あんたもう五年生でしょ!」

すごい力で腕を掴まれて前後に揺すられた。ごめんなさいと言おうとした瞬間、左の頬

を打たれた。涙で視界が歪む。今の私の顔もさぞ醜く歪んでいることだろう。尿意がし

て足が震えた。興味をなくしたかのように母は踵を返し、警察と父の会社に電話をかけに行く。

そして私たちの間を引き剥がすように押し退けて飛び出して行った。私はよろめいて倒れた。

「私のせいだ!私のせいで!」佐奈は膝から崩れ落ち、呪詛のようにそう繰り返した。

「あなたのせいじゃない」
 
しばらくして父が血相を変えて帰ってきた。顔面は蒼白(そうはく)だが玉のような汗を

かいている。呼吸を整える間もなく口を開いた。

「佐奈、おかあさんは」母から事情を聞いているだろうが父は一言そう言うと、泣きじ

ゃくる私をおぶってくれた。

「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」

父は女性に頭を下げた。父の背中は熱く、湿っている。

「いっいえ、紀美子ちゃんきっと見つかりますよ」女性はそう言って玄関を閉めた。親

身になってくれているのだろうが、今は適当な言葉にしか聞こえない。しばらくして母

が帰ってきた。

「警察は何やってるんだ、娘が誘拐されたかもしれないんだぞ」

父は落ち着かない様子で言い、全く――と付け加えた。

「そんな縁起でもないこと!」

「じゃあ何処に行ったっていうんだ」

「そっそんなことわからないわよ!」

母が取り乱している。当然なのだが、表情はまるで鬼だ。これは夢なんだ。そう思いたかった。

「あんたがちゃんと見てないから」

母はかすれた声で私に言って、悲しげな顔で睨んでいた。たぶんそうなのだろう。私の

視界は涙で濁って見えない。

「お前・・何考えてるんだ、佐奈を責めてどうなる」

啓三はそう言った後、口を真一文字に結び事態の収集をしている。

母は力なく崩れ落ち、嗚咽(おえつ)を漏らして泣きだした。
 
私は思った。父が母に対して言った、お前――という言葉。初めて聞いたような気がした。父の横顔は鬼のようだった。


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