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作品名:トンボの大行進 作者:彼岸花とり

第1回   伊井谷マヤコ
伊井谷マヤコは、父子家庭で育った一人っ子であった。
片親と言うと、愛情不足でぐれたり、非行に走ったりする子がマヤコの周りでは多かったのだが、マヤコは比較的そのような不良というわけでもない。
かといって、真面目というわけでもないのだ。

マヤコは高校を卒業し、美術の専門学校へ入学した。
もちろん、マヤコを男手一つで育てた父である伊井谷俊作は、経済的に余裕のあるわけではないので、何度も口論にいたった。
しかし当時のマヤコの美術に対する情熱は、計りしれないものがあり、その情熱に折れた俊作はとうとうマヤコを専門学校へあげることを許した。

俊作がマヤコを叱ることはしばしばあるのだが、マヤコが髪を金色にしたときそれをとがめなかった。

どんな思惑があったかは知らない。
いや、何も思惑などはなく、ただ今まで寂しい思いをさせたマヤコを自由にさせたという自己満足的な思いやりだったのだろう。


今日という日は、マヤコの入学式であった。
しかし、マヤコはいっこうに部屋から出てこなかった。
心配になった俊作が、マヤコの部屋を3回ノックし、そっとドアをあけると、マヤコは鏡の前で怪訝な顔をしていた。

「マヤコ、式におくれるぞ」

マヤコはそれを聞いているのかいないのか、ずっと「うーん」と唸っているのである。

俊作はしばらくそれを眺めていたが、マヤコがくるりと振り返り困ったような顔をしてこう言った。
「ねえ、お父さん!スーツに金髪はやっぱり似合わないと思わない?」
なんだそんなことか、と俊作は笑った。
いつまでもくすくすと笑う俊作に呆れたマヤコの視線が時計へと向けられた。
するとマヤコは、思い出したように家を出た。
俊作は、ちょうどガレージの見えるマヤコの部屋の窓から身を乗り出し出ていったマヤコの姿を確認した。
「お父さーん!遅れちゃう!」
マヤコはそう言って手招きをしている。
まったくマヤコという人間はのんきだ。
昔から彼女はそうだった。むしゃくしゃしていても、数分もすればけろっとしていることが多い。それはマヤコが言葉に出さずに自分の中で一旦解決してしまうからであって、けしてマヤコと言う女が強いということを言っているわけではないのである。

*

式は退屈だった、とマヤコは後に俊作に告げた。
マヤコにとって入学式とはただの式であって、外の若い男女がお互いを品定めするようなそんな俗世的なことはしないのである。
また、そんなことは無駄だと思っていた。
なぜならマヤコはいつも品定めをされる側でいたかった。
マヤコは、自分の容姿にそれなりの自信があった。
マヤコは確かに、美人の方であった。
今まで、惚れた異性とはほとんど恋人の関係になっていた。
それでもマヤコは、自分をもっと認めてもらいたかった。
さきほど、マヤコは自分にそれなりの自信がある−と言ったが、それは嘘であり、事実なのである。
マヤコはひとりになれば、それは大層落ち込み、自分を醜いものにたとえはじめるのである。
卑屈ではなく、マヤコは切にそう思っていた。
そしてそのつらい状態から脱出するため、マヤコは言葉を必要とするのである。
「マヤコちゃんってかわいいよね」
「マヤコちゃんの顔、見てるとうらやましくなる」
それらの言葉は、マヤコにとっては麻酔のようであった。
そんな言葉を聞いた後には、マヤコはひとりでいるときのその醜い負の感情を忘れているのである。しかしそれはあくまで麻酔である。突然に切れるのだ。

マヤコは、専門学校でここちよくらいその麻酔をもらった。
マヤコのクラスでは、マヤコほど華のある女はいなかった。
どうにもあか抜けないような女や、ただ自分の生き方を楽しんでいて男とはまったく無縁というような女ばかりだった。
その中でも、男好きな女は何人かいたようだった。
マヤコは、しばらくはパーティの主役のような気分でいた。
このクラスの男を何人落とせるだろう、など考えていた。
どの男も、マヤコに悪い顔はしなかった。
けれど、マヤコはある一人の男に違和感を覚えた。
そのクラスメイトは、日渡ケイといった。
ケイは、大きな油絵ばかり書いていた。
マヤコは、そんなケイが気になったが、きっとこの男は私にはなびかないだろうと思った。マヤコにとってケイは夢のような人だと思った。それは、マヤコ以外の女たちにとっても同じだった。
どうやらこの日渡ケイという男は、目鼻立ちがするどく、しなやかで女にもてるタイプのようだった。そのことも、マヤコの負の気持ちをよりいっそう強くした。
マヤコはもてる男が嫌いだった。もてるということはたくさん選択肢があるということで、マヤコはその選択肢に入り自分が勝つのはもとより選ばれないという結果を恐れた。その状態は、マヤコが評価されなかったということであり、またマヤコをひどく混乱させ、その弱い心をどん底まで突き落とすものとなるためだった。


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