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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第8回   ねちねち司令官、最初の暴挙


 突如、王が倒れたことにより家臣たちは慌てふためき、そのほとんどが王に連れ添って広間から姿を消していた。広間に残るは金髪金眼の少女、白髪の爺さん、由樹に黒竜から堕ちたハンサム騎士のラドルアスカ・D・ローレ。それに哀れな兵士ナイジェルの五人だった。伽藍とした虚無な広間で五人は、暫し無言で佇む。
 その中で一番先に口を開いたのは、ハンサム騎士のラドルアスカだった。
「貴様、よくも私を竜から突き落としてくれたなッ」
 つかつかと由樹のほうへ歩みより、鋭い剣の切っ先を向けて怒鳴り散らしてきたのだ。
「な」 
 お前が、勝手に落ちたんじゃねーか。
 そんなラドルアスカの理不尽な言動に説明を付け加えたのは、金髪金眼の少女だった。
「――ラドルアスカさまは今日、国一番の巨大な黒竜を乗りこなすべく、“竜の谷”へ行ったの。けど、そんな時にあなたに遭遇し、不幸にも“あっさり”転落。その上、異国のあなたがこのラドルアスカさまが“乗りこなせなかった”黒竜に乗って地上へ到達したから、非常にご立腹なんだよ。単なる、僻みだね」
 自分よりも優秀だったという事実が受け入れられないんだよ、可哀想にね、と言って少女はクスリと笑った。少女が言うには、このラドルアスカなる青年は今日、黒竜を見事乗りこなすつもりだったがあっさり転落し、異国の由樹に手柄を取られたことを僻んで、なんくせをつけている、とそういうことだ。
 それを理解すると、少しばかりラドルアスカに由樹は同情的となる。
 その哀れみの視線が気に食わなかったのか、それとも少女の可哀想にね発言が気に食わなかったか、それとも少女が“あっさり”だの“乗りこなせなかった”を妙に強調して言ったのが気に入らないのか、由樹には判断がつかないが、ラドルアスカは激怒した。
「貴様ら、殺すッ! 殺してくれるわッ」
「わ、何で怒ってるのさ、ラドルアスカさま」
 一切、少女に自覚はないらしい。少女はラドルアスカのことを様付けで呼んでいた。ならば、少女にとってラドルアスカは上官、もしくは位が上の人なのではないのか。
それにも関わらず、暴言三昧。いいのだろうかと由樹は疑問に思うが誰も文句を言わないのだから問題はないのだろうと納得した。
 そこで銀の杖を持つ、老人が割って入り場はそちらへと注目される。
「まあまあ、落ち着きなされ。イル、そこの異国人を早く元の所へ帰して差し上げなさい」
「っけ、何だ爺か。分かったよ。帰すよ、帰す帰す」
「イルッ! 爺様の言うことを素直に聞けないのか」
「全然、聞けないね。“ロナの師”の言うことなんか、全く聞けないね」
 少女の言葉に何故か老人が押し黙る。それを観て実に少女はご満悦だ。意気揚々と少女は言った。
「さて、帰喚させようかな」
 イルと呼ばれた少女は由樹へとワンドを向けた。そして、ワンドを地に打ち据える。
「――帰喚【…きかん…】ッ」
 地面とワンドが音を成し、瞬間、由樹が金色の光で包まれた。キィンという金属音とともに周囲に金色の粒子が乱れ輝きを放ち、図形が浮き上がる。そして―――。
「……あ、あれ?」
 不思議そうにイルが首を傾げた。
 何も起こらなかったのだ。
 微妙な雰囲気が場に立ち込め、皆がイルに疑いの視線を向けた。
「………ちょ、ちょっと、失敗しちゃったみたいだね」
 気まずそうに笑ってイルは再びワンドを地に打ち据え、「帰喚!」と唱えた。
 そして、再び、由樹の体を金色の光が覆い隠す。キィンという鈍い金属音を立てて、図式が浮かび上がって、由樹の周りを包み込み、そして――やはり何も起こらなかったのだ。
 堪らず由樹は不安になって訊いた。
「俺、やっぱ帰れないの?」
「帰れるさッ! ――帰喚――」
 より気合を入れて、血管がぶち切れるほど力んで、イルは再び図式を立ち上げた。
 膨大な衝撃が由樹の体を圧迫する。どうやら、かなり本気でやってくれているらしく、王の広間が紫色の霧で包まれ、暴風が吹き荒れた。先程よりも、より多くの金色の光が由樹の体じゅうを纏わり着いて、凄まじい金属音が鳴り響く。
 そして、今度こそ図形は立ち上がったのだ。図式はキィィィンと耳障りな程の金属音を轟かせ、更にはもうもうと紫色の煙が立ち込めさせて、金色の粒子を空気中に撒き散らす。
「良し。今度こそッ」
 そして、紫色の煙が晴れ、イルは由樹の姿を確かに確認して、思い切り顔を顰めた。
 やはり、何も起こらなかったのだった。
「こんっの、――帰喚ッ!」
 血の色のワンドを再再度打ち据えようとして、イルは老人に止められた。
「もういい。止めなさい、止めなさい。――こら。こらこらッ! 止めなさいと言っているだろう、イルッ。図式にミスはなければ力不足でもない。ならば、他に原因があるのだろう。一先ず、異国人には留まってもらうより他あるまい」
 だが、その言葉に断固拒否する由樹。
「駄目だ。俺は帰るからな。明日の単語テストに出ないと、俺英語の成績やばいんだって」
 明日の体育なぞどうでもいいが、英語は本気でやばい。中間で赤点をとってしまったから、とにかく期末に向けて由樹は頑張っていたのだ。たかが単語のテスト、されど単語のテストである。
 期末に向けて、いつもは適当にやる単語テストでも珍しく優秀な成績を収めていた。
「頼むよ、帰してよっ。俺のこの二ヶ月間の頑張りを無駄にする気かよ」
 由樹の必死の懇願にイルと老人は困った顔をする。
 必死の由樹の懇願に、意外な所から助っ人は現れた。
「そうだ。可哀想であろう。この者は突然、この国へと召喚されて来てしまったのだ。さぞ心細い思いをしているに違いない。早く帰して差し上げろ。元の場所に、今直ぐにでも」
 あれだけ由樹に対して怒りを露にしていたラドルアスカ・D・ローレがなんと、由樹の味方になったのだ。意外な彼の態度に驚くも、由樹にとっては有難いことなので、調子に乗って便乗することにした。
「そうだよ。俺、被害者なんだし」 
 だが、世の中、上手くいかないことのほうが多いものである。
「フンッ。ラドルアスカさまは単に、自分より優秀であるかもしれない異国人を“今直ぐにでも”厄介払いしたいだけでしょ。とにかく、方法がないんだよ。分かんないかな」
 う、とラドルアスカが言葉に詰まった。しまった、助っ人が言い負かされてしまった。
 ラドルアスカはぷいと視線を少女から外し、その言葉通りの態度を取ってみせた。
 ”ヤツ”は私欲に塗れている……。
 由樹はそんな汚い異世界の住人に愕然として質問を投げかけた。
「……そんな。じゃ、俺、帰れないの」
 ふん、と少女は鼻を鳴らして、実に偉そうに反論した。
 自分が由樹をここに呼び寄せた張本人の癖に。
「そう悲観することはないよ。これからじじいと二人で『天史教本』開いて、原因を調べるから。遅くても明日の朝には帰れると思うから、問題ないよ」
「朝一でお願いします」
 金髪金眼の少女・イルはそれだけ言うと、広間を後にした。

 異世界に一泊二日することとなった由樹はそのまま、先程王の召使として仕えていた黒服の女性に導かれ、客間へと案内された。まあ、明日には帰れるというのなら、確かにこの状況を楽しんだほうがずっと賢いと由樹は割り切った。実際、結構楽しいものだ。
 外国へ観光旅行に来たと思えばいいのだから。未だ、この世界が由樹のいる世界と別だとは、少々信じ難いがドラゴンや魔法を見せ付けられては、それも有りかなと思える。また言葉が通じるようになってからというもの、由樹は余裕を感じるほどリラックスしていた。
 ――後でいろいろ城の中を探検しよう。宝箱があるかもしれないしな。
 そう思える程にはリラックスしていたのだった。
 案内役である黒服のメイドは足を止め、部屋に着いたことを告げた。
「こちらございます。ゆるりとご寛ぎくださいませ。では、私はこれで」
 黒いドレス服を着た、――というよりメイド服を着た女性はそれだけ告げると、そそくさとその場を離れようとした。慌てて、由樹は礼を告げた。
「案内、ご苦労さまです。ありがとうございました」
「私に、そのようなご気遣いは無用でございます。私は召使。単なる、一介のしがないメイドに過ぎません」
 そして、そのメイドさんはつぅぅー、と突如、その瞳から涙を流し、ハンカチでそれを拭った。
「………ッ!」
 由樹は自分の体が震えるのを感じた。どうすればいいというんだ。何故かメイド服の女性はハンカチを片手に、ぐずぐずと鼻を鳴らし始めたのだ。瞳から液体が滲み出て、女性の頬に涙が伝う。何か彼女の気に触るようなことを言ったのか、由樹は自分の胸に聞いてみた。少しだけ考えて、そんなことはしていない、との結論に達した。
「俺、何か気に触るようなことを言いました?」
「……お、おしゃって、ございません…」 
 だよな。なんも、してねーもんな、俺。
「なら、何で泣いてるんだよ」
 すると、女性は目を涙で潤ませて、由樹のことを見た。思わず由樹は後ずさる。
「いえ、突然、家に残してきた……妹たちを……お、思い出しまして」
「――」 
 紛らわしいことしてんじゃねーよ。
 黒服のメイドは更に泣きながら由樹に言い募る。
「私、シダと申します。明日まで、あなた様のお世話を申し付けられました。な、なんなりとお申し付けください」
 声が掠れてあまりよく聞き取れなかった。
「はぁ」 
 だから、適当に応えておいた。
「あ、それと城内は“けっして”、歩き回らないようにお願いいたします」
「え、ちょっと散歩くらいいいだろ。少し歩きたいんだけど」
 せっかく来たのだし、宝箱探しもしたいし、城の見学もしたいのだ。
「だ、駄目でございますぅ」
 シダはどわーと目から涙を流し、泣き伏した。もう由樹にはこう言うしかなかったのだ。
 この世の中に一体誰が、こんな泣いている女性を更に泣かすようなことを言える人物がいるというのだろうか。
「分かりました。絶対に外にはでませんから、な、泣かないでください…」
 その言葉に女性は、にこやかな満面の笑みを浮かべたのだった。
 やっぱり、早く帰りたい、と由樹は思った。
 異世界など腐っているッ!


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