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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第52回   いざ出陣、空を翔けて


 その後、シダを脅したり、痛めつけたりして、何とか“マルロンの要塞”の何処にキング級図式があるのかを吐かせた。
 その様子は見るに耐えない残酷なものだった。別に実際に拷問とかをした訳ではない。まぁ、それに近い具合ではあったが。
イルが酷い悪口で脅し、ルーファニーが召喚術で空にシダを放り上げて地面スレスレで受け止めたりして痛めつけたり、それでもシダは図式のある場所を吐かなかったので、苛立ったイルがもの凄いことをやってくれて、それでようやく吐いた。
 なかなかキング級図式の場所を吐かないシダに苛立ったイルは、召喚術で一匹の中型ドラゴンを召喚。そのドラゴンに命じて、さっきまで由樹が浸かっていたグイシンの便器へとシダを投入。シダの泣き叫ぶ悲痛なる悲鳴。イルの容赦のない仕打ち。このときばかりはルーファニーも止めなかったので、更に容赦のないイルの攻撃が続き、五度目くらいの便器投入によりシダは泣きながら、図式の居場所を吐いた。
 それは本当に見るに耐えない光景だった。
 色んな意味で……。
「よっし。もうコイツに用はないし、ちょっとカジミに行ってみようか」
「た、助けてくださぃぃぃ! イルさまっ。ここから、この汚水の中から出してッ」
「――ああ、いいんじゃないのか? で、どうやって行くんだよ。カジミに」
 容赦なく無視。
「ひいいぃぃぃ。助けてくださいッ。お願いします」
 絶叫するシダ。
 数十分前までは汚水に浸かっていた身としては、可哀想になってきたので、その十分後くらいにイルに言って出してあげた。シダは泣きながら由樹に感謝の言葉を述べた。 それほど凄まじかったらしい。由樹としてはその気持ちが良くわかったが、正直あまり近くにはよってほしくなかった。
 とりあいずシダを牢へと連行させ、一息つくと今度は別の問題も浮上してくる。
「どうでもいいけどさ。カジミにどうやって行こうか。動けるドラゴンは皆戦場に行っちゃったし、これから召喚するっていってもカジミまで行けるような大型のドラゴンはそう直ぐには見つけられないしね。〈最速のリューチカ〉じゃ、やっぱ飛んでいくのより時間かかって、着く頃には戦争終わってるだろうしね」と、実に淡泊なイル。
 そうなると、自然と視線はこの小屋の主、グイシンへと視線は向いた。
 全ての視線が黒いドラゴンへと集中する。
「……。でも、だからってグイシンは凶暴すぎて乗れないしね」
 ハッ、とイルが鼻で笑う。
【クソ餓鬼が。誰が凶暴なんだって、ゴラ】
 ぐるるるる、とグイシンが喉の奥で唸り声を上げた。それにイルがビビッて、後ずさる。
「うわ。もしかして乗れるかと思ったけど、これはやっぱり無理そうだね」
【テメーなんざ、乗せねぇよ。何が無理だ。こっちが願い下げだっての】
「じゃぁ、どうしようかなぁ。ハシバ、何かいい考えとかないの?」
 ――あれ? 会話が噛み合ってない。
 そこで由樹は気がついた。
 ――そっか。グイシンとは俺しか会話できないんだっけ。
 グイシンと由樹は、由樹の持つ〈意志の疎通の書〉により志を共有しているからこそ、会話ができる状態なのだ。だから、イルや他の人にはグイシンの意思は伝わらない。
 気がつくと、何でこんな簡単なことに気がつかなかったのか不思議に思えてくる。
「グイシンに乗っていけばいいじゃん」
 名案だとばかりに由樹がそう言うと、イルもルーファニーも何言ってるんだコイツというふうに見てきたので、張り切って説明する。
「俺とグイシンは会話できるんだよ。この〈意志の疎通の書〉で!」
「ハシバに聞いた私が莫迦だったよ。ハシバ、頭は大丈夫? あのね、〈意志の疎通の書〉で意思疎通できるのはごく限られた種族だからね。ドラゴンと意志を共にした人は少ないし、その上気難しいグイシンなんかとヘタレハシバとで、疎通ができる訳ないでしょ。ハシバ、やっぱり医師に脳みそ見てもらったほうがいいんじゃないの。言動が既に意味不明」
「…………」
 イルの暴言に気力が萎えそうになったが、それでも頑張って由樹はグイシンと会話できるのを証明しようとした。
「グイシン、ちょっとお前左回りに一回、くるっと回ってくれよ。な?」
 そうすれば、由樹がグイシンと意思疎通ができていることが証明できる。
【…………】
 グイシンの反応は、ちょっと由樹のほうに顔を向けてから、また直ぐに不貞寝してしまった。まるで、野良猫みたいなその仕種に、ぷ、とイルが吹き出す。むっとして再度、呼びかける。

「テメ、何で俺の言うこときかねーんだッ!」
 ふざけんなよ? この爬虫類!
 何で俺の言うことを今ここで聞かないのだ。檻から出してやった恩を忘れたのかコラ。
 何で、この俺がわざわざこんな恥ずかしい目にあわないといけないんだ、コラ。
 グイシンを睨み付ける。すると。
【なぁーんで、俺がわざわざ戦場なんかに行かないといけんぇんだよ。この俺さまが!】
「………なッ、な、」
 このとき由樹は、いかに今まで自分が身勝手だったか、身を持って学んだ。
 帰ったら、隆二に優しくしようと由樹は心に決めた。ごめんな、隆――。
 今度は思いっきり、腰を低くしてグイシンに挑む。
「そんなこと言うなよな。グイシンさんよ、同じ志の俺らの仲だろ?」
【っへ。別に俺はよ、お前を乗せねぇとは言ってねぇよ。だたよ、クソ生意気なイルとかルーファニーの爺さんとか、そこで辛気臭い顔してるナイジェルとかを乗せる気にならねぇだけよ】
「そんなこと言うなって。戦場に行こうぜ。な?」
 何とか説得しようと試みるも、グイシンの反応は芳しくない。
【あのよ。俺はここでずーと閉じ込められていた身だ。戦場に行ったからって、そう働けるもんでもねぇ。人間でいうならな、ずーと病院で寝たきりだったヤツが、毎日毎日剣を振り回してる騎士に戦いを挑むようなもんだ。もしくは、ずーと寝たきりのヨボヨボの老人が、毎日毎日仕事している健康的な若者に向かっていくようなもの。とでも言えば理解できるか? そんなヨボヨボのジィさん、返り討ちにされて当たり前だろ。期待されても俺は何もできねぇよ】
 そうかもしれない。
 由樹は思った。それでも、だ。
 ――でも。
「あの森でさ、俺とお前は志を同じにした訳だよな」
【……まーな。そうらしいな。俺はそんなつもりなかったけどな】
 何とも憎たらしい奴だ。
「あのときさ、俺、森の中でタルデシカの奴らを助けたい。素直になりたい。謝りたいと、思ったんだ」
【それで?】
「それが、あのときの俺の意志だ」
 〈意志の疎通の書〉は志を同じくするもの同士で、意思の疎通ができるという道具らしい。由樹はグイシンに会う前に森の中で、本当はタルデシカの連中を助けたいと思った。
 もう、これ以上逃げるのは嫌だとも。
「お前だって同じ意志を持っているはずだ。なら、俺と同じことをずっとお前も思ってきたはずだ。お前のこの小屋の中で、ずっとそう思い続けていたからこそ、俺と会話ができるようになったんだ」
【……でもよ、同じってもよ。俺が行ったところで逆に足でまといだと思うがな】
「それでもいいんだって」
【俺は嫌だ】
「…………」
 おい。

 がっくりする。人が真面目に話しているときに、この爬虫類は。
 気を取り直して、話を元に戻す。
「確かに、一人で何か勇気だすのは恐いよな。正直な話。俺も戦場とか行くの恐いよ」
【いいや。俺は別に恐いって訳じゃねぇぜ? ただ、ブランクがありすぎってだけで】
「…………」 
いいかげんにしろよ?
 しかし、グイシンの言うとおりでもあるので、反論はできない。
 一般市民の、それも平凡な由樹だ。透のように空手ができるわけでもなく、ラドルアスカのように剣が扱えるわけでもなく、イルのように凄い魔法を使えるわけでもない。でも。
「正直な話。俺なんかが行ってもやっぱり役に立たないと思うし、作戦といっても本当に役に立つか立たないか分からないし、実践では自信なんかないね」
【だろーな】
「お前な……」
【んだよ?】
「いや、何でもない。そーだよッ、俺は役に立たねーし、自信もねーよッ!」
 それでもやってみようと由樹が思ったのは、何もしないよりかは全然マシだと思ったからで、それだけなのだったりする。勝てるかどうかは知らない。勝負はやってみないことには勝敗はでないのだから。ゲームでもそれは同じ。
 一つ一つの積み重ねが、勝敗を左右してくるものだ。以前、由樹がやった将棋の対戦でも、物凄く手強いジィさんと打ったことがあるのだが、最終的には由樹が勝った。
 最初はこのジィさんホントに人間か、と思った。強すぎると思った。でも、諦めないでいるとやがて勝敗はついていた。勝機が見えてきたのだ。
 それはゲームの法則だ。
 そして、今も。
 ゲームには、必ず勝利条件と、そして、必ず敵に勝てる方法が常にあるのだ。
 何処かに必ずある。勝てない敵など存在しないのだ。
「病人でもヨボヨボの老人でもニートだろーがなんでもいーよ。とにかく今、やらないでどうするんだ。今なんだよ。やるべきなのはッ」
【……なんだよ、そのニートってのはッ】
「お前のことだよ、この、引き篭もり爬虫類ッ!」
 キレた。
 人がせっかく真面目に話しているのに。
 くそ、と悪態を吐くと、グイシンの悪あがきが自分と重なって更に嫌な気分になる。
 
 しかし、だからこそグイシンの気持ちは何となくだが、由樹には分かってしまうのだ。
 必要とされていても、そこに人の評価が加わると途端に恐くなって、逃げ出してしまう。
 必要とされていると分かっていながら、俺にはできないと思い込もうとする。
 誰にでもある感情だろう。ただ、由樹やグイシンには少しプライドが高いだけで、皆の前では恥をかきたくなくて、ちょっとの失敗でも恐れてしまうのだ。
 このグイシンの引き篭もり行動は、まるで、ちょっと前まで指揮官になれと言われて逃げ出していた由樹とそっくり重なって反吐が出る。
「――いいからやろうぜ、グイシン。俺たちは、“何もしない”でいすぎる」
 完璧でなくともいいのだ。それが最近になって分かった気がする。血塗れになって鼻血をふき取ろうともせず、果敢に図式に挑むイル。劣等感を持ちつつもそれでも戦うラドルアスカ。そして、けして己の責任ある立場から逃げ出さないリュイ・シン。
 失敗をしても。それが全てではない。過程は関係ないのだ。
「ヤツ等、カッコいいじゃんよ。グイシン――」
なんだかんだ言っても、最後に勝ったものの勝ちなんだ。
 失敗しようが、無様だろうが、そこに過程は関係ない。
 何もしなければ、やり遂げることすら叶わない。
 目的のためなら、どんなことをしても突き進むというのも、一つの強さなのだから。
 それを、金髪金眼の誰かさんやどっかのしつこい男とか変態お姫様などに教えてもらった気がする。ヤツ等は無様だけど、カッコいい。
「――でも、俺らはカッコ悪いよな」
【………】
 す、とグイシンの目が細くなって、由樹の視線と重なり合う。
 今度は、やっと反論は聞こえてこなかった。

 挑むようにグイシンは左に一回、巨大な体躯を物凄い勢いで動かした。
 檻がその勢いに負けて、折れ、真っ二つに破壊され、鉄の棒が弾けとんだ。
 何だかんだ言って、グイシンも由樹も格好悪いことが一番嫌いなのだ。
「お前、自分で檻からでれるんじゃねーか……」
 ここから、囚物たちの戦いはやっと始まる。

 それから由樹は自分で檻から出てきたグイシンに真っ先に飛び乗った。イルがおっかなびっくり騎乗し、嫌がるナイジェルを無理矢理気絶させて何とかグイシンに乗せた。その後、ルーファニーがよっこいせという掛け声とともにグイシンに乗ろうとするので、それを由樹が止める。
「あ、ちょっと待って。イルかジジイのどっちかには、タルデシカに残って欲しいんだ」
「何故でしょうか。異国人。人数は多いほうがいいと思いますが」
 ルーファニーがもっともなことを言う。
「そうなんだけどさ。シノを俺の世界に帰すと同時に一緒に俺も、元の世界に帰して欲しいんだよね。シノって、向こうの世界でも犯罪者だから。着いたら即効で警察に突き出さないといけないし。あ、それともカジミでも遠隔操作できるなら、ジジイも来てもいいんだけど」
「遠隔操作……は、できないので仕方ないですな。まぁ、ハシバ殿を帰喚させるくらいならば、わしにもできるので。イル、図式はなぞればいいのだな?」
 ルーファニーがグイシンの背にいるイルへと呼びかける。
「そうだよ。耄碌したジジイでも簡単にできると思うよ」
「イルッ、お前は普通に話すことはできないのか!」
「別に普通に話してるでしょ、莫迦ジジイ」
「莫迦ジ――ッ!? こ、このッ、クソがきめ」
「クソがき? 何それ。私に言っているのかなそれは」
 喧嘩が始まりそうだったので、由樹は慌てて出発をすることにした。
「グイシン、出発だ!」
【おうよ】
 グイシンが大空に向かって羽ばたく。
 バサリ、と一つ。
 羽が空を打ち付けて、猛烈なスピードでグイシンが地を駆け出した。助走をつける。
 そのまま断崖絶壁となる、“竜の谷”のほうへと一直線に駆け抜けて、風の軌跡を残し、グイシンは滑走した。巨大な体躯が地を離れて、蒼く澄み切った大空へと飛び立っていった。
 これが由樹の始めての出陣、――初陣であった。



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