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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第50回   他人を簡単に信用するな

「あ〜、お金ほしいなぁ……」

 ちょうどいい具合に照りつける太陽の下、草むらに寝転がりながらイルはそんなことを呟いた。
 何やら今日は出陣の日でラドルアスカやリュイ・シンは戦場へと行くらしい。
 イルはまたもお留守番組なので、今日もこの狭くて埃まみれの古城でぶらぶらほっつき歩いた後、結局何もすることがないのでこの草むらへと辿り着いた。
 由樹の世話もなく、また、召喚術の仕事もないので、イルは酷く暇だったのだ。
 街ではタルデシカ最後の日とか言って、国民たちは国外に逃げているというのに、イルはいつもと変わりない、実に平穏な日常を送っていた。
 イルの場合は本格的に逃げる事態となったら召喚術で容易に逃げられるのである。
 気楽なものだ。
「お金、かね、かねかねかねかねー。お金がほしいーッ」
 微妙な欲求を言ってみる。
 お金が好きなところだけはロナに似たのかな、なんて思ってみる。
 ――ま、親子だしね。血は争えないってやつ?
 そして、そんなことを思っていると、ふと妙案が浮かんできた。
 そういえば――、と思う。
 どうせ今日でタルデシカもカジミに乗っ取られるのならば、タルデシカの宝物庫の中身を強奪してもいいのではないか、と。
 宝物庫の中にはお金がざっくざっくだ。
「よし、強盗に行こう!」
 元々イルはタルデシカという国を守るためにルーファニーの話に乗って、キング級召喚を挑んだわけではない。小金を稼ぐ感覚でもあり、ちょっとしたロナ絡みの目的があったが、しかし、そこはあくまで自分の目的のためにここにいる。
 タルデシカの宝物庫がどうなろうがイルの知ったことではなかった。
 にへら、と笑って金髪金眼の少女は意気揚々と宝物庫の方へと足を向けた。
 だが、その浮き浮きした気分は宝物庫の扉を開けた時点で、崩壊することとなる……。

  * * *

 絶望――、といった感じの声でイルは呟いた。
「ないじゃん……、お金…ッ」
 極貧なるタルデシカの宝物庫はからっぽだった。
 何というかこれは流石のイルにも予想外であった。いくら戦いに戦いが続いたからってこれはないだろうと思う。酷すぎるだろうと思う。貧乏って、これではもう戦争が終わっても国民は食っていけないだろうと思う。
 国民が集めた税金を全部戦争に使っちゃったんだから、食ってはいけないだろう。
「これは終わったね、タルデシカ」
 そんな暴言まで吐き捨てイルはさっさと宝物庫を後にした。金はないということが分かった。でもイルの目的はまだ果たされていないのだから、ここを去るわけにはいかなかった。
 全くこれもそれもロナのせいだ、とイルはロナを呪う。イルがここにいるのは全部ロナが理由だったからだ。
 タルデシカ宝物庫の扉を固く閉じて、そのまま元来た道を戻ろうとするとふと、あの泣き虫召使、シダの姿が見えた。今日も黒服に身を包み何だか挙動不審でうろうろしている。
 何してるんだろうねあの女は、と思って、暇つぶしに相手をしてやろうと思い、イルは独りシダに近づいていく。
 憂さ晴らしにはちょうどいい。
 今までの自分の考えもちょうどシダにぶつけてやろうと思ったのだ。

「――シダ」
 軽く声をかけると、シダがこちらを振り向いた。
「何でございましょう? イルさま」
 何でございましょうも何もないだろうに、とイルは思った。
 けけけ、と笑いながら、イルはシダに悪意をぶつける。
「私に隠し事はやめようよ? シダ。そろそろ正体を明かしてくれてもいいんじゃないの? お互いロナの世話になっている身なんだし、ね?」
 にこり、とシダに微笑みかけた。
「――っ!」
 シダが凄く驚いた顔をした。どうして……なんて呟いている。分かりきったことを。
「どうしてって、私もロナに言われてここにいるからだよ。お前でしょ、タルデシカに送られたスパイって。ロナは“まだ”秘密とか言って教えてくれなかったけどさ。召使という身分のお前は知らないかもしれないけど、メイリー・レイターの報告書に書いてあったんだよね。やけにハシバのことを事細かにカジミに教えているスパイがタルデシカにいるから気をつけろって。ハシバのことやタルデシカの情報を送れる人間っていったら、王の傍にいるシダ、お前しかいないじゃん。……何だかややこしいね。とにかくタルデシカの情報を漏らしていたのは、お前でしょ?」
 ばかな、とシダが言った。
「嘘だ、そんなはずはない。だって、お、お前を信用するなとロナさまから命令されているのだ。なら、何故ロナさまとお前は河のほとりで戦わなければならなかったのだ! おかしいではないかッ」
 シダが狼狽した様子でそういってくる。イルがけけけと、笑って余裕で答えた。
「こう、は考えられないかな? タルデシカに信用させるために、目の前で戦って見せたとは。あのときロナの意図が私には分からなかったし感情的になっていたから、普通に本気で戦っちゃったけど、ロナは私を動きやすくするために、つまりタルデシカの監視の目を欺くために、わざわざ来てくれたなんてことは、」
にやっとシダに向かって笑ってやって、
「考えられないかな?」
 と、言ってやった。
 目を見開いてシダが、首を左右に振った。
「ばかな。ロナさまは絶対にお前を信用するなと言った。天才はロナさまだ。そのロナさまがイル、お前など信用なさるわけがない。お前は敵だ!」
 当然、ロナはそう言うだろう。
 ふん、とイルはそれを嘲笑う。
「ばかじゃないの。お前は捨て駒なんだよ。私の母親であるロナはね、お前を信用していないかわりに、“本当に信用している”娘の私をお前の監視役としてここにやったんだよ。だから、そりゃロナは私のことは信用するなって言うよね。だって監視役とその対象が仲良くされても困るだろうしね。だから、お前はタルデシカにわざと捕まえさせるためのおとり。私が目立たないようにするための、かませ犬。残念だったね、シダ」
 蒼白な顔をしてシダは、ロナさま、まさか、そんなまさかロナさまがロナさまがそんな、と狂ったように訳の分からないことを呟いた。
「うそようそようそよ。ロナさまはそんなことしない。私はいつも忠実に命令を守っていた。ロナさまはイルを信用するなと言っていて私はタルデシカをスパイして王に毒を盛れと命令されてわたしわたしはずっとそれを守っていたのになんで。いつもロナさまを天才だとほめてわたしはロナさまの振るう暴力にもたえたのに。こんなこんな。やはり実の娘がいいというのわたしに実の娘よりもかわいいとおっしゃったのはうそなのわたし王さまに毒ももった。ちゃんと全部、全部、やったのに!」
 シダは子供のように頭を抱えて、いやいやと首を横に振った。
 ――ま、こんな若い子供がスパイじゃ、こんなもんでしょ。
 自分の年齢を棚に上げて、イルはそんなことを思った。
 シダの嘆く様子があまりに哀れになったので、ちゃんと説明してやることにした。
 シダの目の前にいって、ずいと顔を近づけて言ってやる。


「お莫迦なシダに説明してあげるけど、あのね、今のぜんぶ、嘘ね?」
「………」
 少し間があった。
 暫くして……。
「――――え?」
 と、いうシダの声。
「もっかい、ロナの忠告を言ってみ。それと私の特徴も」
 呆然としながらシダは言った。
「ロナさまはイルを絶対“信用するな”と。イルは性格が悪くて意地も悪くてお金にうるさくて、それで……」
 それで?、とイルが先を促す。
「“他人には”嘘つきでもある」
 言った瞬間、絶叫してシダは大泣きした。
「うああああああああッ!」
「はははは、ばか。なーんで、この私がロナの命令なんかうけなきゃならないのかな? そんなわけないじゃん。そんなわけないじゃん。ちょっとは考えなよね。自白してるよ。自分で言っちゃってどうするの。シダはロナから命令されてタルデシカにスパイにきました。それでシダは恐かったけど王さまに毒ももったのです? そりゃ、大変だったね、ご苦労さま」
 阿呆なのも大概にしなよね、とイルが付け加える。
「あの、じゃぁ、メイリー・レイターの報告書というのは……?」
「ああ、こっちにもカジミにスパイはいるんだよね。そいつの名前がメイリー・レイター。あ、でもね。私はメイリー・レイターの報告書をヒントにした訳じゃないからね。あーんな滅茶苦茶な報告書で分かるわけないじゃん。あんな報告書、意味不明だよ」
 文字どおりシダは号泣した。あああああ、うそうそうそよー。と言って大泣きしている。
 実際にはイルは、多分タルデシカに潜入してるスパイってシダなんじゃないの?くらいにしか思ってなかったのだが、どうやら大当たりのようである。違ったら、「あ、違ったの。そりゃごめんね。悪気はなかったよ。でも、お前怪しすぎ。もうちょっと態度を改めたほうがいいね」と“謝る”つもりだったのだ。一応……。
「ふふふ。ばかだね、本当に。メイリー・レイターもかなり問題ある間諜だけど、シダ、お前は最高だよ。ちょっとやそっと探したくらいじゃいないと思うね。自分で敵に自分の正体を明かしちゃう間諜なんてさ。だって、いくらメイリー・レイターだって『私はスパイです殺してください』なんて言わないもんね?」
 ううう、とシダが呻き声を漏らした。
 けど、イルは容赦しない。
「ちゃんと命令は守らなきゃ駄目だよ? ロナに言われたんでしょ。この天才魔導師イルさまは信用しちゃいけないってね」
 くすり、と笑ってやった。
 ――ばかだなぁ。

 イルの目的はロナを倒したいからこそ、カジミの敵であるタルデシカに来たのであって別にタルデシカがどうなろうと知ったことではないのだ。だから、ロナと戦えるならタルデシカを出て行ってもいいし、戦場にあえていかないでお留守番でいても、このままタルデシカが滅んでくれさえすれば、ロナはタルデシカにくるのだからイルの“本来の目的”は果たされる。
 タルデシカが滅びここがカジミになれば、きっとロナはここに戻ってくるという確信があったから、イルは別にここで“ロナが来るのを待っていて”もいいのだ。だからシダの悪事を暴いたのもついでであり、暇つぶしなのだった。
 あくまで、どこまでいこうともロナはイルの完全な敵であり、イルの目的はロナを倒すことである。
 ――ロナを魔術で捻じ伏せるのは、私の目的のうちなんだよ。それが“一番の目的”。

「だから、そう睨まないでよ。ルーファニー」
「紛らわしいことをするな。本当にお前がロナの手下かと思ったじゃないか」
 宝物庫の陰からルーファニーが銀の杖を持ってのっそりと姿を現した。
「盗み聞きなんて、趣味が悪いよ。いつ、その杖が襲ってくるかと思ったよ」
 銀色の杖でルーファニーが描いていたその図式を見やりイルが言う。恐らくこの会話を聞いて、勘違いしたルーファニーが怒りに燃えてイルを焼き殺そうとでも思ったのだろう。
「〈黒い炎〉はシャレにならないからね。間違いでしたじゃすまないから」
 イルがそう言うとルーファニーはさっと、〈黒い炎〉の図式を消した。
「別に盗み聞きをしたわけではないわい。ちと、王の毒を調べ取ったらシダだと犯人が分かったから、シダを探しにここに来てみれば、お前とシダがあんな会話をしていたのだ」
 ふん、とイルは鼻を鳴らして、
「で、ルーファニーは何でシダだと分かったの。私は当てずっぽうだったけど、ルーファニーにはそれなりの根拠があったから、こうして来たんでしょ?」
 ルーファニーが頷く。
「もちろんだ。シダの指についておる紫色の指輪があるじゃろ?」
 イルは、す、と眼鏡の下にある目を細めてシダの指を凝視した。シダの指には紫色の指輪が確かにはめられていた。
「うん。それが?」
「いつもシダはこの指輪を嵌めておった。そしてタルデシカとカジミは言葉が違う。つまり、この紫色の指輪は〈意志の疎通の書〉ということだ」
「何、それ。そんだけ? つまんな」
 そんなのはやく気づきなよ、ばかジジイ、とイルはにべもなく言い放った。
 シダの泣き声とルーファニーの笑い声がいつまでも、いつまでも廊下に響き渡った。


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